俳句・紀行

北の広き道/俳句集 Vol 8

Photo 断崖に すっくと立ちし 野の鹿は

 知床の海岸線を走っていて何頭もの野生の鹿の群れを見た。断崖の上に一頭の鹿。カメラを構えるとポーズをとる様にすっくと身構えた。

空を飛ぶ たったひとつの 雲に乗り

 7月末、帰り道の神戸付近で関西地方の梅雨が明けた。どこまでも澄み渡った青い空の遠くに、ポツンとひとつだけの雲。孫悟空ではないが「あの雲に乗って空が飛べたら」と思ってできた句。

北国の 花摘み夢と 持ち帰る

 帰り道には、北海道の野の花はすっかり枯れてしまったが、これからのたくさんの夢を花のように持ち帰った。まだまだ夢は叶わず花も咲かないが・・・・。

■今回で「日本列島一万キロの旅」のブログは終了します。今回の旅で数十年分の心の垢を洗い流すことができました。旅をすることで遠くからゆっくりとじっくりと自分自身を含めて、物事を客観視することができました。花や景色などの美しいものを美しいと感じるココロ、小鳥のさえずりや風の心地よさを感じるカラダを取り戻してきた旅でした。現在は、日々夢を叶えるために、ほとんど休み無く動いていて旅をする機会がありません。しかし、考えてみれば人生は永い長い旅のようなものです。辛いこともありますが、いつの日か花が開いて、また本当の旅に出ることを夢見てがんばっています。一年近くの旅のブログにお付き合いいただき感謝いたします。次回からは、日々の活動と思うことなどを徒然なるままに書き留めたいと思っています。

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北の広き道/俳句集 Vol 7

我一人 道雲空に 深き山

 北海道の道は広い。そして、北海道は、でっかい。九州ではありえないことだが、山奥を二時間近く走っても、家らしい家も無く、一台の車にも出会わないこともあった。

この道は いつか来た道 白樺の

 「吹上の湯」をめざして走っている時に、道路の左右に数キロも続く白樺の森を見て気づいた。数年前に大学時代の友人たち夫婦で泊まったホテルに向かう道だと・・・。

当てもなく ただ道に聞く 一人旅

 毎日の行程を決めて旅をした。時折、道すがら目に付いた施設やお店などに立ち寄った。そのために、計画はその都度変更され、文字通り道に聞きながらの旅だった。

200706231538000 ←「RAM工房」ニセコ町 

鉄の工芸家 澤田さんのギャラリーと工房

■6月末にニセコの道の駅で作品を観て、ぶらりと工房を訪ねるもあいにくお休み。二回目の7月14日に作品とそして作者ご本人に出会うことができた。木と鉄の融合。どっしりとした存在感あふれる作品に心奪われる。

  

   

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北の広き道/俳句集 Vol 6

ツバメ舞う  風待ち丘の プロペラに

 北海道の海岸沿いの至る所で、風力発電用のどでかいプロペラをいくつも目にした。その日、風が無くピクリとも動かないプロペラの周りをたくさんの燕が風のように飛んでいた。

一人旅 己の影と 酌み交わし 

 夕方が近づき腹が減ってくると、食事のメニューよりも先に、「今夜の酒の肴は何にしようか?」と考えるのが毎日の日課になった。話し相手がいなくとも、一日を振り返り、そして翌日の行程を考えながら飲む酒は、確かに格段に旨かったのだ。

野にありて 岩がキャンバス ルピナスは

 夕暮れ時、層雲峡の緑の森と真っ黒い岩肌を背景にして、ルピナスの花の色が際立つ

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北の広き道/俳句集 Vol 5

Photo 紫の 光放ちて 野アザミの

釧路湿原に立ち寄った日はあいにくの曇天日和で、昼間だというのに薄暗かった。湿原の道を歩いていると紫の野アザミが光っていた。

波よ波 ココロを洗え 日本海

 北海道までの道のりは遠かった。途中までは高速を使ったが、金沢からは日本海側の国道を北上した。北海道に渡るまでは、心は開放されなかった。私が旅をしている間も毎日働いているだろう家族のことや、将来のことなどが気になり、心底、旅を楽しむ心境になれなかったのだ。そんな気分を日本海の荒波に洗い流してほしいと思ってできた句。

キツネ立つ 花咲く北の 白き道

 色々な場所で昼と無く夜と無くキタキツネに遭遇した。いずれも人に慣れてしまった、野性の心を失くしたキツネたち。長生きできないぞ。

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北の広き道/俳句集 Vol 4

遠き山 忘れられずに 流木は

紋別の海岸で、流木を100本程度拾って持ち帰った。大小様々な形の流木が数百本、海岸に打ち寄せられていた。いずれの流木も、どこかの川より海に流れ出て、何年間も波に洗われて、また、大地にたどり着いて、そしてそのうちのいくつかは私に拾われた。

野の花を 摘んで吊るして 夏が来て

6月の北海道は、春真っ盛り。道路端の雑草でさえ光を放ち、心を軽くしてくれる。いくつかの名も知らぬ花を摘み、車の後ろに下げて走った。北海道を離れる頃には夏となり、花たちはその色を少し落として、すっかりドライフラワーに・・・。

廃屋の 校舎の森に ツツ鳥の

 滝上町で夜の映画(恋するトマト)の上映を待つために、日中はナビを頼りに山奥へ。しかし、途中で道路は行止り。そのゲートの近くに廃屋となり、朽ち果てた校舎が・・・。耳を澄ましても、今はもう子どもたちの声は聞こえない。廃屋の校舎の森に、ただ「ホッホッホッホー」とツツ鳥の声だけが響く。

200707040956000_2 ←滝上町公園 07・7・4

毎年5月下旬から6月上旬にかけて10万平方メートルの敷地(甲子園の7倍)がシバザクラのピンク色に染められる。

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北の広き道/俳句集 Vol 3

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シアワセダ 夕陽がいっぱい サクランボ

 北海道で旬のサクランボをいくつ食べただろうか?パックに5~60個ほど入って300円程度の小粒のサクランボを一粒一粒ほおばりながら「シアワセダ」と呟きながら北の広き道を走り続けた。

夢ひとつ オコタン橋に 置いて行く

 北海道に渡り函館から北上するときにオコタン橋という橋を通り過ぎた。道路にかかる450mの普通の小さな橋。しかし、走りすぎた後もズーっと「オコタン橋」というその響きが心に残って出来上がった句。

朱色なる 夕陽の海に 魂揺らぐ

 礼文島のかなたに沈み行く夕陽を見て不覚にも泣いてしまった。ただただその美しさに感動して。その美しさは絵にも描けないし、ましてや言葉でも表現できない。

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北の広き道/俳句集 Vol 2

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アカショウビン

Yachoo!オンライン野鳥図鑑

ヒュルルル 森に流れる 風の鳥

 初めてその鳥の声を聞いたのはいつの日だったろうか?姿は見えないが、山の向こうから甲高い口笛のような囀りが静かに、しかし、確かに心の奥底までにも響き渡った。そして、晴れ渡った北国の早朝の森の中でも、アカショウビンの声は懐かしい風のように流れていた。

笑ってる ジャガイモ畑の 花そよぎ

 ジャガイモの花は見たことがあったが、ジャガイモ畑一面が花畑になっているのを見るのは初めてのことだった。茶色い土と緑と青空の中で、たくさんのジャガイモの白い花が風に揺れて笑っていた。

北の旅 彷徨い猫と 飯喰らう

 その日の夜は、オホーツク紋別道の駅で、冷たい風が吹き小雨が降る中、いつものように車の後ろにシートを張り、食事をしていた。近くの生垣の根元で猫が一匹うずくまっていた。「腹減ったか?」と聞くと「ミャー」と言う。近づくと逃げるので、飯ごうの蓋に米粒と缶詰のサバを混ぜて、生垣の近くに置く。私が、元の場所に座ってからガツガツと食べ始めた。あの猫は今も旅人と食事をしているのだろうか?

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北の広き道/俳句集 Vol 1

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北の広き道

 旅をしていると人は誰でも詩人になれるのだろうか?若い頃には自分で詩を書いて曲をつけてギターを抱いて歌ったりもしていたが・・・。今回の旅の道中で、なんと俳句が40句近くできた。奥の細道ではなくて、北国の広々とした道路を走り回ってできた俳句だから、「北の広き道」の題で、お披露目したい。ただし、ほとんどの句には季語が無く、俳句を作る上での約束事を全く無視しているので、厳密にいうと俳句ではなく、伊藤園が毎年公募している「新俳句」の部類なのかもしれない。

我は蟻 青函の海 木っ端の上ぞ

北海道に渡るために青函連絡船に乗船してできた句。大きなフェリーの船上にいながらも足元の下は深い海。デッキに立ち潮風を受けて大海原を見ていると、何と船の、そして自分の小さきことよ。

老犬を 抱きし人の背 朝陽射す

 富山県のどこかの町だったろうか?朝陽が射し始めた早朝の路地を、老人が年老いた犬を抱いて散歩をしていた。朝陽が眩しく、老人に後光が射しているかのようだった。

君去りて 風は吹き抜く 愛別町

 愛別町。恋と愛は別?愛しているがゆえに別れるのか?不思議な町名だ。夕方に曇り空の下を車で走り過ぎただけの町。横風が強く、木々が大きく傾き揺れていた。私にとっての愛別町は風が吹き抜く町

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