日記・コラム・つぶやき

徒然日記 Vol 376

真っすぐな瞳の貴方に

 先日、体調を壊して、一日の日程をすべてキャンセルして、自宅でパソコンを叩いていた夕方、玄関のチャイムが鳴った。ドアを開けると、そこには、20代とおぼしき美しい女性が二人立っていた。「なんでしょうか?」と聞くと「エホバの証人です。布教活動でご挨拶に伺いました」とのこと。皆さんは、「エホバの証人」という宗教団体は、ご存じだろうか?厳しい戒律に基づいての宗教で、その信者は日本だけでも20万人はいらっしゃるようだ。厳しい戒律の中で、有名なのが「輸血の禁止」だ。この戒律に基づいて、過去、社会的に問題となった事件が二つある■ひとつは、10歳の少年が事故に遭い、両足に大けがを負い、医師は輸血を勧めたが、親が拒否して、治療の甲斐なく、少年が死亡した事件。例え輸血をしても助からなかったということで、親も、医師も罪に問われることは無かった。もう一つは、信者の女性が、輸血をしないことを約束に癌の手術を受けた。しかし、手術中に輸血をしなければ、命に関わると医師は判断し、輸血をした。しかし、その後、信者が輸血の事実を知り、病院を訴えて、患者の意思に反する治療行為を行ったということで、信者が勝訴したという事件。それ以降、医療行為については、医師の判断よりも、患者の意思が尊重されるようになり、尊厳死が認められるようになり、インフォームドコンセントと言われるように、医師として治療内容等を患者に丁寧に説明するようになった■私自身は、宗教を否定するものではないが、輸血を拒否することにより、助かるであろう命を、親の判断で輸血を拒否することで、その子の命を奪うことについては、容認できない。ドアの向こうの、女性に「あなたはいずれ結婚して、子どもを授かるでしょう。ある時、その子が事故に遭い『輸血をしなければ、命が助からない』と言われた時に、あなたは輸血を拒否するんですか?」と聞いた。すると、その女性は真っすぐな瞳で、私を見つめ「輸血はしません」と即答した。私は「命は天の授かりものですよ。そんなのは宗教ではない」と、言って扉を閉めた■現在、多くの病院では、エホバの証人の親が、輸血を拒否しても、中学生以上の子どもについては、その子の意思を尊重して輸血をする場合もあるようだ。では、小学生以下は、親の判断に委ねていいのだろうか?現状でも、その判断基準は明確にはなっていないようだ。ドイツやアメリカでは、信者が子どもの輸血を拒否した時点で、親権者を別に立てて、病院内で裁判が行われる、と聞く。命って何だろう?宗教って何だろう?医学って何だろう?自分自身にも問いながら、そして、真っすぐな瞳の貴方に、問うてみたい。

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徒然日記 Vol 375

たった一人の声だけど・・・
 
 議会は年4回の開催。これまで、議会が終わるたびに、地域の数カ所で、市政報告会を開いてきた。今回は、地元の武蔵校区を含めて、4箇所で報告会を開催して、市政の動きや課題等を報告し、地域の方々の要望や意見も聞いてきた。いずれも、暮らしに関わっての切実な要望や意見があり、そして、簡単に解決できないことが多い■報告会で80代の女性が手を上げて、「個人のことで恐縮ですが困っているので、お話します」とのことで話をされた。内容は「近所の病院に、私も、そして車椅子の夫も通院している。以前までは、病院に行くバスがあったけれど、早朝に一日一本しか走らなくなって、病院の一つ前のバス停で降りて、反対側の歩道に渡り、病院まで車椅子を押している。歩道に行くのに、階段しかなく、遠回りしているので、階段をスロープにしてほしい」という要望だった■ご主人は、要介護度1で介護タクシーの利用ができるが、何回か使ったが、料金はタクシーと変わらず、負担が重く、バスしか使っていない。ということだった。階段をスロープにするのは困難と判断し、後日、市の交通対策課とやり取りをして、バスの増便をお願いしたが、バス事業は人員不足で、一定の利用がなければ、赤字になるために、増便は困難との回答だった■対策としては、地域循環のマイクロバスの配置や、乗り合いタクシーの配置が考えられる。行政が動かなければ、タクシー会社・利用者・病院を交えての話し合いができないものか、と考えている。来月の議会では公共交通のあり方についても、質問をする予定だ。たとえ赤字であっても、地域住民の移動する権利をきちんと保障できる公共交通機関の整備が必要、という主旨で市長答弁を求める。今後、交通弱者を救うための具体化のために、知恵を出して考えていかないと、大変なことになる。地域の病院や商業施設にも行けなくなってしまう交通弱者が増えれば、人が動かなくなり、街が衰退していく。報告会での、たったお一人の声だが、高齢者の代表の声として、きちんと受け止めて、改善に向けて頑張らなければ。

 

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徒然日記 Vol 374

認め合う社会って?
   先日、東京での研修があった。帰りのJRの列車内でビックリすることがあった。私は席に座り、アイパッドを触っていた。隣でスマホでゲームをしていたサラリーマン風の息子ほど(30代)の青年が、突然、大きく甲高い声でサイレンのように「う〜〜」と叫んだ■静かな車内での、その突然の奇声に、私は飛び上がるほど驚いた。しかし、多分、発達障害の方だろうと、そのまま座っていた。そして、二度目の「う〜〜」の声。それでも、私を含めて、その他の乗客も、何事も無かったのようにしていた。ただそれだけの事。私は、よほど彼に「大丈夫?」とか、「どうしたの?」とか、声をかけようと思ったが、やめた■きっと、ゲームに熱中するあまり、心の声が、表に出てしまったのだろう。下車するときに、彼の顔を見ると、落ち着いた表情で目を見開き前を見ていた。私は、彼のそんな姿よりも、より一層気になったのは、乗客の人たちの反応の無さだ。熊本だったら、一斉に彼を見つめ、近くの席にいた人は席を立ったかもしれない。きっと東京には、色んな人がいて、それらの様々な人の言動に対しての耐性が、東京の人にはあるのかもしれない■それとも、驚いていても、平静を装うことが上手いだけのことかもしれない。今でも彼の「う〜〜」という声と、反応の無い乗客の姿が忘れられない。異質なものを、人を、受け入れ認めるという寛容さなのか?異質なものを、人を、受け入れることなく、無視するという無関心さなのか?気になるところだ。お互いを認め合う社会って一体どんな社会なんだろう?そう思った数分の出来事だった。

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徒然日記 Vol 372

武蔵小震災対応訓練を終えて

 10月13()に、小学校と地域との連携での「武蔵小学校震災対応訓練」を実施した。約半年前から、武蔵校区防災員会の委員長として、訓練計画を立てて、委員会のメンバーを中心に準備し、当日は、11時に学校の授業中に、熊本地震本震並みの地震を想定して、避難誘導・炊き出し・配給などの訓練を行った■子どもたちは、防災頭巾をかぶり、運動場に一旦集合し、その後、体育館に集まり、教室に向かう際に飲料水や防災グッズ(ライト・マスク等)を受け取った。当日は、地域の自治会の役員や保護者等、80名ほどが11時過ぎに学校に集合し、アルファー米の炊き出し班と、子どもたちの避難誘導・配給班の、2グループに分かれて、訓練に参加した■午後からは、和水町の歌うママ防災士の柳原さんを招き、防災講話をしてもらった。講座には、子どもたちに保護者や地域の住民の方なども含めて、計800名ほどの参加があった。訓練に参加した子どもたちは、避難もスムーズにできた。防災講話もわかりやすく、参加した子どもたちや保護者の方なども、今後の防災の備え等、大変為になったようだ■何よりも、地域の役員等の協力のもと、お湯を沸かして作ったアルファー米の五目御飯を、子どもたちがお代わりをして食べてくれたことが、一番嬉しかった。もしも、あのような地震が、学校の授業中に起きたら、私たちは、一体何ができるのだろうか?震災の記憶を忘れないために、次なる震災に備えて、大切な命を守るために、皆で協力して、知恵と力を出し合って、今後も訓練を重ねなければと思う。

※なお、余談だが、当日、水道局から学校内に設置の給水タンクの操作説明があった。平常時はタンク内を水が循環し、断水時には遮断されて、4トンの水がタンク内に備蓄される。しかし、申し送りがきちんとできていなかったようで、学校関係者も自治会役員もタンクの存在を知らず、震災時に活用されることなく、死に水となってしまった。

↓運動場に避難

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↓コンロで湯沸し
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↓防災講座
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↓物資の配給

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給水タンクの使用説明

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徒然日記 Vol 371

収穫の喜び

 高森の畑で、将来に備えての野菜づくりの練習をしている。忙しくて手入れができないので、トマトやカボチャ、イチゴ、ブルーベリーなど、あまり手をかけなくていい作物を作ってきた。昨年はサツマイモに挑戦したが、小さいのばかりしか収穫できなかった。今年もめげずに栽培して、先日、収穫してきた。今年は、何が良かったのか分からないが、大きくて量も多く豊作だった。自宅で早速、傷があるものだけ一先ずふかして食べてみた。美味しかった。二カ月ほど貯蔵すれば、より一層甘くなるらしい。土づくりに費やした時間や肥料代などを考えると、買ってきた方がどれだけ安く上がるものか。しかし、自分で育てた作物の味は格別だ。この喜びは、野菜づくりをしたものでなければ分からないだろう。

↓この倍近くを収穫

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徒然日記 Vol 370

なめとんのかい?!

議会は、28()に閉会した。しかし、10時に開会し、閉会したのは夜の8時だった。というのは、昨年12月に赤ちゃんを抱いて議場に入って、議会を混乱させた緒方議員が、今度は、午前中の質疑の際に、のど飴を口に含んで質問を続けようとして、議場が騒然となり、一旦休憩に。そして、議会運営委員会が開かれ、懲罰動議が提出され、懲罰特別委員会が開かれた。懲罰特別委員会では、議会の品位を損なう行為として、本人に謝罪を求めることになった。しかし、本人は「風邪で咳を抑えるために飴をなめていたのであり、謝罪はしない」と表明し、議場での陳謝の文章を読むことも拒否した■閉会日の日程は、予定では昼過ぎに終わることになっていたが、緒方議員の行動により、幾度となく議会運営委員会や懲罰特別委員会が開かれ、その都度、委員会の報告を議場で受けて、休憩に入ることの繰り返しだった。最終的には、懲罰特別委員会として、緒方議員の出席停止の決定が下されて、本人は退席し、議案の審議と採決が始まったのは、19過ぎだった■緒方議員の言う「風邪をひいているから、のど飴をなめながら質問をしてもいい」という考えに、賛同する方がいるのだろうか?確かに、議場での飲食を禁止する規則はない。何故ならば、議員がそのような行動をするとは、想定されていなかったから。たとえ、議場で、のど飴を自席でなめるにしても、一般的なマナーとして質問の時には、吐き出すべきでは。緒方議員は、当初、議場で委員長に注意された時に、すぐに飴玉を吐き出し、謝罪していれば、事なきを得たのではと思う■閉会が遅れたので、私を含めて、多くの議員が午後からの予定を、すべてキャンセルすることになった。緒方議員は、議会に出席の市長をはじめとする執行部の人たちの大切な時間をも奪った。更には、議会事務局の職員は、昼食もままならず、各委員会や議会の運営のための次第づくりや運営等に汗をかいた。ある意味、無駄な労力と時間を費やすことになり、時間外勤務となった。最後まで頭を下げることなく議場を去った、緒方議員。「議会を市民をなめとんのかい?!」と言いたくもなる。

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徒然日記 Vol 369

殺された高齢者と子どもたちのために

 議会が9月3日に開会されて、昨日は各委員会が開かれた。私は、先週は、予算決算委員会で、昨年度の決算に関して、三つの質問を行った。内容は、全国規模での、高齢者や児童が被害者となった殺人事件を受けて、同じような事件が ーー起きないようにするために、市として、今後どのように対応するのか、という質問。そして、公立の学童保育としての児童育成クラブ(80か所)の課題について質問した■高齢者にまつわる殺人事件は、三つ。一つは一昨年に発覚した、横浜市の病院内で看護師が点滴の袋に消毒薬を入れて、少なくとも4人の高齢者を殺した事件。もう一つは、岐阜市の病院で、クーラーが壊れているのに適切な処置を怠り、高齢の患者5人が死亡した事件。そして、熊本市の介護施設で、職員が80代の女性の腹部を殴り死亡させた事件■子どもたちにまつわる事件は二つ。一つは、昨年、千葉県松戸市でのベトナム国籍の小学校三年生の女子が登校時に、当時保護者会長だった男性に連れ去られ殺害される事件。そして、今年5月の新潟市での、小学校二年生の女子が下校途中に近所に住む青年に連れ去られ、殺害後に線路に遺棄される事件。高齢者のほとんどが病院や施設で亡くなっている現状の中、命を守るべき病院や施設で、高齢者が殺されるという、事件の数々。医療や福祉に携わる人が壊れ、人を殺すという現実は、社会が壊れつつあるようで、背中が寒くなる。また、児童にまつわる二つの事件は、登下校時に、起きた悲惨な事件だ。マスコミ報道によれば、犯人は、いずれも小児性愛者のようだ■私たちも、子どもたちを犯罪から守るために、地域で様々な見守り活動を行っているが、犯罪者は見守りの目をかいくぐり、時と場所を変えて出没する。学校の先生が児童に性的虐待をするケースもある。小児性愛者は成人男性の5㌫存在の情報もある。社会的な弱者としての、高齢者も、そして子どもたちも、生きづらい世の中になってしまった。私の質問に対して、市としての具体の取り組みの答弁はあったものの、この社会の在り様を、根本的にやり変えないと、悲惨な事件は無くならないような気がする。ちなみに、昨年度の県内の「声かけ・わいせつ事案」は1228件で、被害者の65パーセントが小中高生だ。特に日没が早まる10月が年間を通して一番多くなる。子どもたちには、我が身を守るために、登下校中だけでなく、放課後も防犯ブザーを携行して「いかのおすし」を、きちんと実行してほしいものだ。

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徒然日記 Vol 368

冷たいオデン!?

 先日、大学時代の友人で長野市に住むTさんから、クール宅急便でオデンが届いた。茹で卵にハンペン・ちくわ・こんにゃく・天ぷら・大根・だし巻き卵など色々な具材と、出汁まで入っていた。Tさんとは日頃から、電話やメールのやり取りはしていたが、品物が送ってきたのは初めてのことだ■早速電話して、「ありがとう」の後に「何で送ってくれたの?」と聞くと、「春の同窓会の時に洋ちゃん(私のこと)から貰った、木工作品の『魔法のホウキ』を毎日動かして、癒されているので、そのお礼」という返事だった。そして、「夏にオデン?と思うかもしれないけど、今、夏に食べる『冷やしオデン』が流行っているから、冷たくして食べてみて」とのことだった■早速、近所の肉屋さんから馬のスジ肉を買ってきて、圧力鍋で煮込み、全ての具材を入れて、家族六人で美味しくいただいた。薄味だがシッカリとした味の出汁が具材にしみ込み、この三日間、食べ続けたが飽きることは無かった。しかしTさんおすすめの、冷たくして食べようとは思わず、シッカリ温めていただいた■今朝、オデンの鍋をのぞくと、竹輪と継ぎ足しのゆで卵が少々。出汁がまだ残っているので、夕方にでも買い物に行き、新しい具材を入れて、今夜もオデンだ。Tさんに感謝し、仲間たちとの再会を夢見つつ、今夜の酒の肴にして、酔っぱらおうと思っている。

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徒然日記 Vol 367

生きていたいな

 私には中2の男の子と小4の女の子の孫がいる。中2の孫の将来の夢は「高齢者のための介護ロボットなどを創る科学者」小4の孫は「お医者さん」とのこと。私の子どものころの夢は、「絵描き」か「お医者さん」だった。しかし、大きくなるにつれ、現実を知り、夢は少しずつしぼんでいった■いつだったか、小4の孫が、「私が結婚する頃には、婆ちゃん(私の母)は100歳越えとるかもしれんけん、生きとらんかもね?」「18歳で結婚したら、生きてるかな?」などと、本人を目の前にして、話をしていた。母は「そうだね」と笑っていたが、曾孫の花嫁姿が見られるまで長生きしてほしいものだ■科学者をめざす、中2の孫の学校の成績は、後ろから数えて一ケタに近い。彼に「この成績じゃ科学者は無理バイ」と言うと、「じゃあサラリーマンになる」と言う。「世の中なめとるんかい!」という言葉を飲み込む■そんな孫たちが、この夏休みの宿題で、函館の夜景とヒマワリの絵を描いた。じじいバカと言われそうだが、とてもいい作品だと思う。二枚の絵を見ながら、せめて、孫たちが成人して働くころまでは「生きていたいな」と、思ったものだ。

小4の孫の作品

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中2の孫の作品
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徒然日記 Vol 366

壊れる人壊れる社会

 高齢者に関わっての、近頃の事件の報道を見聞きするたびに、背中が寒くなる。横浜市の病院で看護師が点滴の袋に消毒薬を投入し、高齢の患者が多数死亡した事件。容疑者の女性は、「20人の患者に消毒薬を投与した」と言っているようだ。そして、熊本市の介護施設の職員が入所者の高齢の女性の腹を殴り死亡させた事件。さらには、岐阜市の病院で病室のクーラーが壊れているのに、適切な処置をしなかったために、5人が熱中症で死亡した事件■いずれも命を守るための施設や病院で起きた事件だ。これから高齢になり、病院や施設にお世話になる人が増加していくのに、その場所で殺されてしまうとは!三つの事件をひとくくりで論じるつもりはないが、医療や福祉を担う人のモラルや人格が壊れてしまったがための結果だと思う■今回の事件の当事者である、看護師も介護職員も医者も、命を守るための大切な仕事だ。「なのに?!」である。壊れていく人がいる。そして、壊れた人が、大切な人の命を奪ってしまった■社会全体が壊れつつあるようで、怖くなる。再発を防ぐには、福祉や医療の現場に対して、行政が「法に基づいての調査と指導の強化」、現場による「働く人の質の向上や処遇改善」そして、働くもの同士が連帯しての「労働組合の組織化」などが必要と、考える。しかし、社会全体が、もしかして壊れつつあるのであれば、もっと根源的な原因を見極めて、改善のための取り組みを始めなければならないのだろう。私たちが施設や病院で殺されないために。

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