日記・コラム・つぶやき

徒然日記 Vol 410

ニッポン大変

 昨日の夕方、安部首相は、コロナ対策として、全国の小学校・中学校・支援学校・高校を対象に休校の要請を行った。これまでのコロナ対策について「国の方針が及び腰」との批判を受けての決断だろうが、あまりにも唐突で、乱暴な要請であり、各自治体や家族等は混乱。国は、「子育て等に関わる者の休みやすい環境・対策を」と企業等に呼びかけるのみで、何も手当てはしない◆自治体等の対応の具体策も示さず、お任せの状況で、日本は大変な状況。全国規模での様々なイベントやスポーツ等の開催が中止や延期となった。飲み会も会議も、自治会等の地域の様々な行事なども中止となった。株価も急落し、近隣の商店街等へ出向く人もまばら、観光客もキャンセルが相次ぎ、経済全体に与える影響は計り知れない◆そして、本日、とうとう来週からの議会の質問も、行政のコロナ対策優先のために延期となってしまった。私は、3月4日の質問に向けて、2月初旬から担当課に質問の要旨を伝え、前向きな答弁を引き出すために取り組んできた。これまでに延べ数十時間、数十名の担当者とやり取りをしてきた。たぶん、6月議会で質問はできるから、この間の時間と労力が無駄ではなかったとは思うが、力が抜けてしまった◆連れ合いに知らせると、名古屋弁で「気が抜けたね。まあ~飲みゃ~」とのメール。来週一週間の質問日が無くなり、私の手帳の予定は真っ白になってしまった。だからといって、議員活動として、地域の支持者の方々への挨拶回りなどをしても、嫌がられるだけだろう。コロナ対策で忙しくしている市の担当の職員の方々には申し訳ないが、2月からほとんど休みなく頑張ってきた自分のために、ご褒美と気分転換のために、孫たちと一緒に2~3泊のキャンプと釣りにでも行こうかと思っている。

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徒然日記 Vol 409

懐かしき漫画たち

  皆さんは、羽田空港などに設置してある、移動のための動く歩道はご存じであろう。いつぞや、初めて利用したときに、ふと「そういえば手塚治虫が描いた未来都市の姿に、動く歩道があったよな」と思ったものだ。私は、小学生の頃から青年期にかけて漫画をよく読んでいた。今でも面白そうな漫画があれば読んでいる◆小学生の頃は、近所に貸本屋があり一冊10円程度で一週間ほど借りていた記憶がある。特に手塚治虫の作品の「鉄腕アトム」や「火の鳥」などが印象に残っている。手塚治虫が50年以上も前に描いた未来の世界での、動く歩道やスマホが今の時代では当たり前の世界になっていて、手塚治虫の未来への予見性には驚くばかりだ◆大学生時代は、週二回発行の「ビッグコミック」を愛読し、買いためたビッグコミックを捨てずに、いくつかのビールケースの上に敷き詰めて布団を敷き、ベッド代わりにしていたものだ。当時、月刊誌の「ガロ」(廃刊)も、毎月購入し読んでいた。ガロには個性的な作家が多く執筆し、白土三平の「カムイ伝」つげ義春の「ねじ式」長島慎二の「旅人くん」鈴木翁二の「オートバイ少女」林静一の「赤色エレジー」などの作品が掲載された。今でも、様々な漫画作品が週刊誌や月刊誌等で発表されているが、あの頃に出会ったような感動を覚える作品は、「AKIRA」や「バカボンド」以外なかなか出会えていない◆小学生と中学生の孫二人は、爺ちゃんに似ずに漫画はあまり読まない。世界的に有名な漫画「ONEPIECE」の他に、今どきの子どもたちは、どんな漫画を読んでいるのだろうか?ちなみに、若者の多くは今やスマホで漫画や小説を読む時代と聞く。インクの匂いを嗅ぎ、ドキドキしながらページをめくりながら、別世界に浸りこんだ僕らの時代は遠くなりにけり、のようだ。

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徒然日記 Vol 408

何かお悩みですか?

   新年度予算等の審議を行うための、第1回定例市議会が、2月20日から3月24日までの日程で開かれる。そして、私は3月3日には、9回目となる一般質問を行う。2月に入ってから、質問の準備のために議会棟の会派の部屋で、質問内容をパソコンで打ち込んでいる◆内容は、これまで質問してきた福祉や教育や環境問題等に関わるものが柱だ。いつものことだが、質問項目の選定や、どうしたら前向きな答弁が引き出せるか等、無い知恵を絞りながら質問文を打ち込んでいる◆先日、なかなか知恵が浮かばず、作業が進まずに、諦めての夕方の帰り道に、50代と思しき女性(市役所の職員さん?)から、すれ違いざまに思わぬ言葉をかけられた。心配そうな表情で優しく「何かお困りごとですか?すごく厳しい顔をされてますけど」と。すかさず「いえいえ大丈夫ですよ。少し考え事をしていたもので」と答えて、その場を去った◆よく、人から言われるのが「福永さん笑顔笑顔。眉間に皺をつくらない」と。その日は、質問の中身をどうしたものか、と考えながら、歩いていたのだが、人が心配するほどに、よほど怖い顔をしていたのだろう。駐車場の車に乗り込み、ミラーに向かって精一杯の笑顔をつくって、エンジンを起こす私だった。

 

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徒然日記 Vol 407

木が気になる

   これまで、議員になって、市民の方々から様々な要望を受けて、市に繋ぎ改善を図ってきた。要望の中で特に多いのが、身近な生活に関わる道路や歩道や公園の整備など。 そのような中、昨年末から、一月にかけて、木にまつわる要望を二件受けた。一つは、お店の前のサルスベリの木を切ってくれというもの◆通りに面して、サルスベリの木が10数本植えられていて、毎年夏になると、真っ赤な花を咲かせる。しかし、手入れが充分でなく、虫がついたり、葉っぱが落ちたりして、「迷惑なので切ってくれ」との要望だ。土木の担当課長と話をして、結局、反対側の歩道に植え替えることになった。伐採した方が安く上がるのにである。もう一つは、団地内にある公園の楠が大きくなり過ぎているので、暗くて、掃除も大変ということで、「枝を落としてほしい」との要望だ。住宅課の課長に繋ぎ、近いうちに伐採してくれるようだ◆いずれの事案も、樹木が植えられて数十年が経過して、管理がきちんとできていないことなどに起因するもの。3〜40年前に団地が出来る時に、沿道に楠やイチョウなどの樹木が多く植えられた。当時は小さくて、目立たなかったものの、今や大きくなりすぎ、樹木の間隔が狭くて、見通しを悪くしたり、害虫や落葉により、緑を楽しむどころでなくて、迷惑がられているのが実態だ◆四年前に議会で、樹木や低木の管理等のあり方について質問し、計画的な伐採や間引きや消毒などの適切な管理を求めてきた。その後、近隣の楠も低く切り詰められ、イチョウの木も、見通しを阻害し、事故があったために二本だけ根元から切ってもらった。せっかく大きく育ったのに、伐採される木にしてみれば、いい迷惑だ。「杜の都くまもと」と言われるにしても、歩道に植えられた樹木の近くで生活する人たちは高齢になり、落葉した葉っぱの掃除もままならない現実があり、木が気になる、切実な問題なのだ。要望があってから動くのではなく、行政として、きちんと計画的に管理してほしいものだ。

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徒然日記 Vol 406


  あれから30年

 新たな年を迎えて、早くも一週間が過ぎた。12月は、いつものことだが様々な団体の忘年会等があり、延べ20日ほど飲み会があった。そして、新年を迎えて、労組や地域の関係等の行事で、また忙しく過ごしている。先日は、連合熊本の結成30年周年記念事業として、講演会・式典・レセプションが市内のホテルで開かれた◆30年前に、労働戦線統一として、当時の、社会党系の日本労働組合総評議会(総評)・民社党系の全日本労働総同盟(同盟)・中立労働組合連絡会(中立労連)・全国産業別労働組合連合(新産別)の労働4団体により、日本労働組合総連合会(連合)が結成された。そして、地方組織として、全国の各都道府県にも連合が結成された◆当時、私は県職員労働組合の役員として活動していた。上部組織としての自治労中央の大会でも、連合の発足に向けて、その方針や活動内容等について、激しい議論が行われていた。特に、それぞれの労働団体の政策の違いがある中、そのすり合わせがないままに連合が発足したことにより、私たちの支持する総評の運動(平和・環境・人権を守る)がきちんと継承されるのかというのが、一番の論点だった。そのため、熊本では総評運動を継承するために当分の間(5年間ほど)地区労組として組織を残すことになった。しかし、連合として、総評の求める運動は継承されずに、現在は、平和運動センターとして、総評系の労働組合により運動の継続が図られている◆先日の講演会では、連合の副事務局長から新たな運動の方針や活動内容等の提起があった。一番の政策は、働く者を最優先にした、未来に希望の持てる社会を創ることとしての「働くことを軸とする安心社会の実現」だ。30年前、県職員労働組合では、「ゆとり豊かさを求めて」というスローガンのもと、時間外労働の短縮、年休の取得促進等に取り組んでいた。あれから30年。今、働く仲間たちに「ゆとりと豊かさ」は保障されているのだろうか。その答えは、残念ながら「NO」だ。「連合の運動にも参加しつつ、頑張らねば」と決意しながら「働く者が、真の意味で大切にされる社会って、僕が生きている間に実現するのかしらん」と、ため息をつきながら会場を後にした夜だった。

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徒然日記 Vol 405

人生って…………

  今年も残すところ数日。4月に私の選挙があったからか、あっという間の一年だった。この一年を振り返れば、公私ともに色んなことがあった。この一年で、自分にとっての一番の喜びの出来事は、やはり、市議会議員選挙で3期目の当選を果たしたことだ。そして、一番の悲しい出来事は、三人兄弟の末弟の死だ。次男も亡くなっているので、私一人になってしまった◆四年前に癌になり死を覚悟して頑張ってきた弟と、これまでに、たくさん話をしてきた。その会話の中で、今でもずっと、心に残る言葉がある。ある日「兄貴、議員として人のために頑張ってきたけど、もうそろそろ自分のための人生を考えたら」と言っていた。その時には「そうだね」って返した。そして、彼が亡くなってから「お前の分まで生きてやる」と思いつつ、今にして「俺の歩みたい人生」って、何だろう?と思ってしまう◆いずれは、「山にこもって、寒い季節の間にオリジナルの木工作品を作りためて、春から秋にかけて、全国で開催されるクラフトフェアに出向いて、出店する」という、夢を持っている。そして、僕の頭の中には、オリジナルのデザインで、仕掛けのある、玩具やオートマタ(カラクリ)など、作りたい物の設計図がたくさん詰まっている。しかし、それを形にする時間は、今は無い◆市議会議員として、次なる4期目を目指すとすれば、自分の新しい人生を歩み始める時には、73歳となる。その時に、僕の目は見えるのだろうか?手は動くのだろうか?作りたい作品を作る気力や、全国を回る体力は、残っているのだろうか?気がかりだ。「青春は、年齢ではなく、その人の心の持ちようにある」と言う。歳を取っても、情熱を無くさなければ、いつまでも青春、だと思う。それでも「いつまでも青春」と言い聞かせる鏡の向こうの僕は、すっかり老人の顔。「やり残したことは、もう何も無い」と言って、逝った弟よ、人生って何だろう?

 

 

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徒然日記 Vol 404

嘘つきは総理大臣のはじまり!?

   子供の時から、折に触れ多くの大人から「誠実であれ、嘘はつくな」と、教えられて育ってきた。そして、「嘘は泥棒のはじまり」とも。しかし、今や、国家の最高責任者の総理大臣が、国会の場で嘘をつきまくり、開き直っている。ご存知のように毎年開かれてきた「桜を見る会」についての野党の追及に対しての、安部総理や菅官房長官などの答弁のことだ。この行事は平成14年から1767万円の固定の額で、国の予算で開催されてきたが、年々、参加者が増えて、今年の春は、一万人が新宿御苑に招かれた。そして、本年度の支出は5519万円で、不足分は別会計で拠出された◆今、野党が追及しているのは、その予算の膨大さや不透明さ、招待者の基準が不明確であること、その多くが安部首相の支持者だったのでは、という疑惑など。これまで、招待された人は、各界で功績のあった人ということで、地方の政治家や地域の自治会などの功労者、文化人やスポーツ選手や芸能人などが。しかし、今年の参加者の名簿は、すでに破棄されて、公表できないという。野党のハードディスクのデータ提出の要求には「ハードディスクの情報は公文書ではない」との詭弁。名簿をシュレッダーにかけたのは「障がい者」との差別的な言い逃れ◆公費を使って開催した会に招待した人たちの名簿が無いとは、常識的に 考えられないことだ。野党の追及が始まるや、安部首相は、いち早く来年の「桜を見る会」の中止を決定した。 真実を隠蔽するために、名簿の破棄を命じたのは、安部首相に間違いない。森友加計学園問題のときにも、公文書が改ざんされたり、破棄されてきた。まさしく、時の政権と官僚が結託しての、悪しき汚いやり口が、まかり通っっている。不都合な真実を、隠蔽する、この国の政治のありようには、怒りを感じ、そして、この国に未来はあるのかと、底知れぬ不安を感じてしまう◆そんな中、12日の夕方に、野党が力を合わせ、全国に先駆けて「桜を見る会をただす  安倍内閣は直ちに退陣を 怒りの熊本集会」が、参加者450名のもと辛島公園で開かれた。集会の後、パルコ前までシュプレヒコールをあげながら、パレードもした。いつもと違ったのは、パレードに目を向けて、写メを撮る人たちが多くいたこと。皆、なんかおかしいと思っているのだ。嘘つきの安部政権の支持率が、「桜を見る会」の国会でのやりとりの影響で大幅に下がった。しかし、それでも40%台だ。不誠実で嘘つきの安部政権を終わらせなければ、大変な時代がやって来る。「野党が国民が不甲斐ないから」と、誰かの責任にするのではなくて、私たちは諦めずに、より良き政治を求めるための歩みを止めてはならない。

↓右から三番目が私

 地域政党の熊本民主連合の旗持ち

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徒然日記 Vol 403

私たちの税金で楽しかったでしょう?!

    10月末から11月にかけて8日間かけて、フランスのストラスブール市・オルレアン市・エクサンプロバンス市の三市を訪れ視察してきた。視察団は、市長をはじめ、執行部、商業関係者、議員等20数名。視察の目的は、「エクサンプロバンス市の招へいに応えての交流等」「先進的な取り組みとしての公共交通施策」と「車から人中心のまちづくり」「歴史的な景観を活かしたまちづくり」等の実態把握。飛行機での移動に往復24時間以上かかり、実質6日間(各市二泊)の視察だった。視察に行く前から、マスコミや市民団体から視察団の人数の多さや、2000万円以上の多額の予算等について批判があり、出国の日、帰国の日には空港にマスコミが来て、後日、視察に否定的な報道がされた◆視察の日程は朝から夕方まで、みっちりと組まれ、毎日1万歩前後歩いて真面目に視察をしてきた。ストラスブール市では、30年ほど前から市内の渋滞緩和策として、トラム(300人乗りの低床電車)の配置と路線の拡充、パーク&ライド(郊外に車を停めてトラムやバスを利用して市内に向かう)の施設整備、市内の車の乗り入れの規制、自転車道路や駐輪場の整備等に取り組んできた。熊本市の場合は、50年間で車の利用が30%増加したものの、ストラスブール市は、施策として公共交通の利用促進を図り、30年間で車の利用を30%削減に成功している街だ。私たちは、トラムにも乗車しパーク&ライドの施設の見学にも行き、歩いて街中のトランジットモール(街中のトラムの乗り換え拠点)や自転車専用レーン、レンタサイクル駐輪場などを視察した◆ストラスブール市は、中世からの古い建物が現存する街で、街全体がユネスコの世界遺産に登録されている、美しい街だ。その街中の歩道のすぐ横を、景色に溶け込んでトラムが走る姿は日本では見ることのできないものだ。オルレアン市では、市内中心部の大聖堂等の歴史的建造物の景観を損ねないために、近隣の新規の建物も調和を図るデザインを施し、架線レスのトラムが走行していた。両市ともトラムの乗車時には事前にカード等で手続し改札もなく、誰もチェックせず、抜き打ちで無賃乗車の者を取り締まるシステムになっている。トラムの運転者は運転だけに集中し、各駅での乗り降りは乗客が扉のボタンを押して行うため、混雑が解消されている。また街中には、車の乗り入れを規制するために、いたる所にライジングボラード(車道の中心に設置された障害物)が設置され、許可を得た車だけがカードを機械にかざすことにより、ライジングボラードが地中に下がり乗り入れができるようになっていた。エクサンプロバンス市では、EVバス(電気バス)に乗車し、街中のカフェや通りでのマルシェなどを視察した◆いずれの街も、古い建物の並ぶ美しい景観で、平日でありながら、多くの市民や観光客にあふれ、明るくにぎやかな印象を受けた。交通施策について、フランスと日本との大きな違いは、フランスは交通権の保障を法的に謳い、各市により違いはあるものの、働く者から最大2%の交通税を徴収している。また、フランスは、日本ほど道路交通法の規制が厳しくはなく、首長の権限での市内乗り入れの車の規制や、自転車道路の整備等のまちづくりが、主体的にできるようになっている。今回の視察により、各都市の取り組みについて、目で見て肌で感じることができた。歴史や文化や法的な位置づけ等の違いはあるものの、車から人への施策としての熊本型のまちづくりが必要だと感じた。フランスから帰国して、匿名希望のある女性から電話があり「真面目な議員で政治家だと思ってましたが、政治屋なんですね。私たちの税金で楽しかったことでしょう。もう二度と応援しません」と言われてしまった。市民の方々から「視察が無駄だった」と言われないように、今後、具体的な提言等を行っていきたい。

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徒然日記 Vol 402

哀しいことがありました

  誰しも、長く生きれば生きるほど、楽しいことがたくさんあるものの、哀しい出来事も、いくつも訪れる。楽しいことは、すぐに忘れてしまうが、哀しい出来事は、心の何処かに滓のように淀んでいて、時折、不意に心の水面に浮かび上がり、気持ちを暗い所まで深く沈めてしまう。私の自宅の仏壇には、今、小さな骨壺が納められている。私事ながら、私は三人兄弟の長男。二男は、15年前に亡くなり、三男は、つい先日に亡くなってしまった。骨壺には、その亡くなった弟の分骨した骨が収まっている◆彼は長い間、癌と向き合い生きてきたが、とうとう逝ってしまった。いずれはと覚悟していたものの、この喪失感・絶望感・焦燥感というのか、なんとも表現できない、やり切れない哀しさに打ちのめされそうになる。しかし、 私の母は夫(私の父親)を20代の時に亡くし、そして、息子二人を亡くした。その哀しみは、私以上であり計り知れないものがあるだろう。弟は、亡くなる前に私に「兄貴、永いこと人のためにがんばってきたけど、そろそろ自分のための人生を考えたら」と、言ってくれた◆その言葉が重く響いたものの、そういう彼こそ癌になる前は、仕事一筋の人間だった。しかし彼は、四年前に癌の宣告を受けて、人生を見つめ直し、一番大切なものは友人や知人や子ども、そして妻であることを再認識した。そして、入退院を繰り返しながらも、仕事をして、動ける時は、家のリフォームや庭仕事や家族との食事、私たちとの旅行や、懐かしい友人たちとも再会し、葬儀の準備、遺言書づくり、墓や仏壇の購入などの終活をしてきた。哀しくもあり、そして、笑ってしまったのは、葬儀の時に流す音楽も4曲ほど、CDに録音してあったことだ◆死を覚悟し、癌と闘うのではなく、その時その時の癌の症状に対応する最善の治療を選択しながら、その状況をありのままに受け入れ向き合って、精一杯生きて死んでいった。 我が弟ながら、心の底から感心してしまう。そして、彼に寄り添い支えてくれた、家族の義妹や甥っ子たち、会社の仲間や友人等に感謝しなければならない。61歳の弟は、晴れ渡った10月のある日の昼前に、緩和ケアの病棟のベッドで、妻と母と私がいる時に眠るように静かに息を引き取った。お通夜と告別式をすませ、私は、彼の骨を小さな骨壷に入れて、熊本に持ち帰った。哀しいことがありました。でも、人の命や人生の儚さとともに、その大切さを教えられた四年間だった。この先、哀しさを乗り越えて、残された人生を、毎日を、悔い無くシッカリと生きるのが、僕たち生きとし者の役割だと思う。肩の力を抜いて、ファイト〜!

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徒然日記 Vol 401

フランスに行くって?!

 10月末から八日間フランスに視察に行くことになった。内容は、フランスの公共交通の視察。議員が6名に、市長と執行部を含めて総勢24名での視察になる。多数で行くことに加えて、相当の予算(2000万以上)が必要ということで、視察前からマスコミで報道され、批判にさらされている。今回の視察は、執行部の提案で実施され、議員は各会派の代表として、参加することになったものだ。しかし、視察に否定的なマスコミ報道を受けて、視察に行く前から、多くの知人から「良かね〜フランスに行くんだ」「議員一人で100万円以上の税金を使うんだって」などの声が。反面、「しっかり勉強して、熊本市政に反映して」という声もあった◆20年前には、労働組合関連で、福祉と医療関連の現状把握のために、フランス、ドイツ、スウェーデンの視察にも参加してきた。思い起こせば、日本の福祉の充実を願う者として、当時の先進国の取り組みは、大きな収穫を得た視察だった。当時、強く感じたのは、ヨーロッパ圏域の国々と日本との「福祉」や「人」などへの施策のあり方に対する、抜本的な考え方の違いだった。日本の福祉制度は、児童福祉法や生活保護法などの福祉法や介護保険制度等、ドイツやスウェーデンなどの施策を参考として作られてきたものの、内容はといえば、アメリカ型の自己責任を求めるものとなっていて、その負担は重い。特に、スウェーデンは、税金が高い分、教育や福祉、医療等に関わる国民負担は、日本に比べて大幅に低く、暮らしに関わる施策が充実している◆一つの例で言えば、老人施設に入所する時に、日本の施設では、家庭で使用してきた机や椅子などの家具は、持参できない所がほとんどだが、スウェーデンでは、使い慣れた家具等を施設に持ち込むことは、当たり前のことだ。何故ならば一人当たりの居室の広さが日本の倍以上あること。その根底の考えとして、日本では施設の基準や環境に合わせて暮らすことが求められ、スウェーデンでは利用者のニーズに合わせて、受け入れのための環境を整備している、という、大きな違いがある。今回の、フランスの公共交通の施策についても、同じことが言える◆フランスでは、誰もが行きたい所に、いつでも移動できる権利としての「交通権」を定め、そのための、税金として徴収するための交通負担金制度(最大2%)がある。財源があっての施策としての交通網の整備が充実しているのがフランス。日本には、交通権という概念はあっても、それを保障するための予算が、きちんと保障されず、その役割は、各自治体の裁量に委ねられている。フランスには、国家として市民の交通権を保障するための施策づくりの基本的な考え方があり、そのための財源があるということ。今回、フランスの都市の視察に行き、その交通網の充実ぶりを目と耳と肌で、しっかりと把握して来るつもりだ。いずれにしても、熊本市として、今後、交通網の充実(都市部だけでなく地域も含めて)に向けて、その財源をどうやって確保し具体化していくのかが、一番の課題だと思っている。

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