日記・コラム・つぶやき

徒然日記 Vol 487

入浴が週に一回に

 コロナの感染拡大が止まらない。熊本市は、医療現場が崩壊の危機を迎えつつあるとして、1月10日に「医療非常事態宣言」を発令した。その後、熊本県は1月13日に県独自での「緊急事態宣言」を発令した。新規感染者を強力に抑え込むために、1月14日から2月7日までの間「県下全域の飲食店への営業時間の時短要請」「市民への不要不急の外出・移動の自粛」「イベントの開催制限の強化、テレワーク・時差出勤等の推進」等を示した。その宣言から10日間が過ぎたが、感染者は減少しつつあるものの、依然として予断を許さない状況が続く◆人の動きを見れば、市内中心部は閑散としているものの、週末の郊外の大規模店舗等には多くの人が買い物等に訪れていて、緊急事態宣言の効果は上がってはいない。市民病院をはじめ医療や福祉の現場でのクラスターも発生している。そのことにより、現場で働く職員が動けなくなり、市民への医療や福祉のサービスがきちんと提供できない事態が生じている。先日は、知人のKさんから「週一回しかお風呂に入れなくなりました」と、SOSの連絡があった◆Kさんは重度の障害があり、自宅で生活するために食事や排せつ等の介助のために重度訪問介護のサービスを受けていらっしゃる。ところが、入浴サービスを提供していた事業所でクラスターが発生し、担当のヘルパーさんもコロナに感染し、週三回の入浴サービスが不可能となった。代替えとして他の事業所が対応したものの、週一回しか入浴ができなくなってしまった。話を聞いて、すぐに市の担当課ともやり取りをしたが、「その他の介護事業所も慢性的な人出不足の中、Kさんのような重度者の入浴介護にあたるベテランのヘルパーの派遣が困難な状況」として、未だ改善に至っていない◆行政と話をするだけで、解決策が見いだせずに何もできずにいる自分がいて、今、悶々としている。コロナの影響で、非正規の働く人を中心に失業者が増大している。女性や子どもの自殺者も増加傾向だ。コロナは、Kさんをはじめ社会的な弱者の暮らしと命を奪っていく。こんな時だからこそ、医療や福祉の現場が連携して助け合い、きちんと医療や福祉のサービスなどを今まで通りに提供できるようにしなければならない。そして、行政としては、市民の暮らしの実態を把握して、問題の解決を図らなければならない。にしても、Kさんは身体は拭いてもらえたにしても、今度の金曜日までの一週間お風呂に入れない。どうしたらいいのだろう?

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徒然日記 Vol 486

増える体重、減る髪の毛

 お正月を迎えるたびに、またひとつ歳を重ねるのかと思うと寂しくなる。今年の11月には68歳になる。鏡を見ながら時折「俺ってこんな顔」と思う。20代の学生時代は、髪の毛を肩まで伸ばし体重は55㌔程度だった。そして、40数年後の今はといえば、髪は30㌫ほど抜け落ち、体重は70キロ台となり、チビハゲデブに。自分でも若かりし頃の写真を見て「別人じゃ」と思ってしまう◆だからといって今さらあの頃には後戻りはできない。この10年間ほど元旦の日の日記には、年間の目標のひとつに必ず「体重〇キロ達成」の文字が書かれてきた。ということは、この10年間、目標が達成できていないということだ◆一昨年は、半年ほどで8キロのダイエットに成功したものの、半年で元の体重に戻ってしまった。年末にはダイエットに効果のあるという錠剤を安く手に入れて一カ月飲み続けた。しかし、先日久しぶりに体重計に乗ってみると、これまでの最高体重を更新◆楽して痩せようなんて、無理な話。ということで、今年は目標を掲げるのをやめることにした。カロリーを抑えて少食に心がけて、運動をすればいいとわかっているのに、何もすることなく増え続ける体重。どうしたものかと思い悩みながらも、このお正月の期間も、これまでの生活が続く。我ながら困ったものだ。

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徒然日記 Vol 485

バカバカしくてすみません

 以前も記載したが、皆さんはPARCO出版の「ご教訓カレンダー」なるものをご存じだろうか?格言などの言葉のパロディや言葉遊びが掲載されたカレンダーで、毎年、全国から寄せられた4~5万以上の作品から120作品ぐらいが選ばれる。私の作品も、ずいぶん昔に一回だけ入選し掲載された◆毎年、購入しトイレに置いて、三日に一回めくって作品を読むのを楽しみにしている。今年の正月の三が日の最初の作品は「信じるか新時代かはあなたしだいです」というもの◆私もこの巣ごもりの正月に、いくつか作品を作った。バカバカしい作品だが、恥ずかしながらもご紹介。〇あなたにずっと抱かれてイタイ〇マッチョが売りの少女〇午前零時は、まあ夜中〇弁慶の泣きぼくろ〇たった今、全員の脂肪が確認されました/集団検診〇口先だけの女〇目、クジラを立てる 等々◆まだまだ、いくつかあるが、品の無い下ネタばかりで、掲載できない。ちなみに、2021年の大賞は「オレ、宇宙人って熱帯にいると思う/新説」というもの。コロナ関連では「しない観光/ホテルから出ず」「家に帰ったら、まず手荒い/鬼嫁」とかもあり。ちなみに大賞は20万円。皆さんも応募してはいかが。

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徒然日記 Vol 484

未来の人たちのために

 コロナ禍の中、新たな年が始まった。あの熊本地震から、この春で五年となる。そして、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大から、やがて一年となる。私たち熊本に住む者は、100年に一度あるかないかの地震と洪水と、そして未知なるウイルス感染症を経験してきた。現在も、地震と洪水からの復興と、ウイルスとの闘いは続いているが、いずれは、当たり前の生活が戻って来る。私が危惧するのは、10年後、20年後、そして100年後に、忘れられることなく今回の経験がきちんと後世に伝えられて、次なる災禍への備えと対策ができるのか、ということ◆地震の恐怖は今でも身体に染みついているが、次なる地震への対策として、皆が家庭に水や食料等を備蓄しているのかというと、心もとない。そんな時に、高校時代に聞いた、ある先生の話を思い出す。「人類が誕生してから、人間は地震や火山の噴火や津波や洪水などの自然災害やウイルスや戦争などにより、多くの人が亡くなってきた。君たちが今ここにいるのは、君たちの先祖が、そのような様々な災禍を乗り越えてきたからこその、命なのです」という話だ◆当たり前のことのようにも思えるが、私の命も、両親から受け継いだものであり、両親は、その両親から受け継いだ命だ。ある意味、我が身も含めて、よくもここまで生き残ったものだと感心する。だからこそ「命は大切だ」と改めて思い知らされる。だが、私たち人類は、文明の発達と共に、その便利さに慣れてしまって、自然や病気などへの危機意識が低下してしまってはいないだろうか◆例えば、私が子どもの頃は、走っている車が怖くて仕方が無かった。しかし、今の子どもたちは、生まれて来た時から、車があるので慣れてしまって、車の怖さを知らないように思う。車だけでなく、様々な事柄に対して怖がり過ぎるのも考え物だが、私たちは大人の責任として、子や孫に命の大切さと共に、命を守るための知恵をきちんと伝承しなければならないと思う。未だ暗いトンネルの中にいるような日々が続くが、いつかは夜は明ける。絶望することなく、そして、次なる災禍にも備えて生きていかなければと思う、新年の朝だ。

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徒然日記 Vol 483

コロナ退散

 今年も残すところ9日。今年はコロナの一年だった。この間、市議会議員としての活動も制約されてしまい、地域の人たちに私の存在が忘れられてはいないか不安になる。私の手帳には、来年の日程がほとんど記載されていない。毎年一月は、あいさつ回りや、各種団体等の旗開きや新年会の日程が入り、一カ月間の半分ほどが、集会や飲み会などが続いていたものだ◆年末の会派の忘年会も無くなり、この数カ月間、飲み会が無く寂しい限りだ。しかし、酒が好きな自分としては、その分、健康な日々が過ごせるというもの。ただし、人との接触が減り、多くの人と対話する機会が奪われてしまった◆コロナの終息のためには、この正月が正念場だ。全国民が、できるだけ外出を控えて、人との接触を少なくしなければならない。そんな中で、明日は小学生の孫の誕生日だ。家族での外食を楽しみにしている孫がいて、どうすべきか悩んでいる◆正月恒例の真夜中の家族総出の初詣も控えるべきだろう、と思っている。にしても、いつになったらマスクが取れるのだろうか?「明けない夜は無い」と言いながらも、いつまでも光が見えない。こんな正月は、二度と経験したくはないものだ。コロナ退散を願う日々が続く

↓妖怪漫画作家の水木しげるさんが35年以上前に描いた「アマビエ」

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徒然日記 Vol 482

何だかな~

 コロナは依然として猛威を振るっている。この熊本も、先日、警戒レベルが最高の4となった。そして、本日18日に熊本市としての具体的な対策が示された。その中に市民への要請として「同居する家族以外との会食を控えてください」「高齢者および基礎疾患のある方は不要不急の外出を控えてください」とあり、市長の記者会見でも同内容で要請がされた◆国においては、会食については「5人以上とならないように」としているのに対して、熊本市は厳しい要請内容となっている。今回、飲食業等に対して、営業時間の時短も要請することになっている。しかし、現段階では、時短営業に対する補償内容も決まってはいない◆菅首相は、GO TO トラベルの一時的な中止を表明した夜に、5人以上での会食に参加し、批判の的となっている。一国のトップが、国民には危機的状況の中、コロナ対策の徹底を呼び掛けていながらの、今回の軽率な行動だ◆しかしながら、熊本市の「家族以外との会食を控える」という要請は、いかがなものか?法的な縛りは無いながらも、私が家族以外の人と食事をしていたら、公人としてあるまじき行為として、批判の的になってしまうのだろうか。「何だかな~」とため息が出る。今後、書き入れ時の年末年始の人の動きが止まることにより、飲食業等を始め観光業等、経済に与える影響は計り知れない。暗いお正月になりそうだが、ウィズコロナで、家族としっかり、団欒を深めることにしよう。

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徒然日記 Vol 481

地域の絆づくりのために

 私は現在、熊本市北区武蔵ヶ丘に在住。議員になるために12年前にこの町にやって来た。落下傘候補と言われながらも、地元の引退される先輩議員の後継として地盤を引き継ぎ、10年前に初当選した。その後、校区の防犯協会の副会長に就任し、町内の自治会副会長もさせていただいている。防犯協会の仕事は、月一回の自転車パトロールや子どもたちの見守り活動など。自治会は、月一回の定例会と、様々な行事を主催したり、校区の行事等のお手伝いだ◆この間の活動を通して特に感じているのは、いかに地域自治が大切かということ。そして、それを支える人たちの日ごろのたゆまぬ活動への感謝だ。しかし、今年はコロナ禍により、自治会の活動は、月一回の定例会と夜間パトロール、資源物回収の活動にとどまり、校区全体の行事は、ほとんどが中止となった。近年、地域の人と人との繋がりが希薄化する中、この一年近く、これまでの地域活動ができなかったことにより、益々そのことに拍車がかかりはしないか、気がかりだ◆月一回の町内自治会の役員会でさえ、役員の方から「このコロナ禍の中、なぜ毎月役員会をするのか?感染したらだれが責任を取るんだ?」とか、防犯活動での夜間パトロールの際に拍子木を叩くことに「近所迷惑だから拍子木はやめたら」などの意見があった。春に開催していた新役員での交流会が実施できなかったことにより、役員間での意思疎通さえも、うまくいかなくなっているように思う◆これまで、役員相互が連携して、年齢や性別などに関係なく、地域のために熱心に活動してきた。このままコロナ禍が続けば、何もしないことが当たり前になってしまいかねない。様々な人たちがいて様々な考え方があってもいいと思うが、地域づくりについては、きちんと同じ方向を向いて活動したいものだ。地域で動きながら、後ろ向きの意見を言う人がいて、ため息が出ることが多かったこの一年。しかし、諦めずに、地域の絆づくりのために、会議や伝統としての拍子木を叩くことの大切さ等を、その都度、丁寧に説明して、継続していくしかない、と思っている。

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徒然日記 Vol 480

青空を見ようじゃないか

   コロナは、なかなか終息せずに先が見えず息苦しい日々が続く。そんなある日にふと、ある歌を思い出した。弟が大牟田に下宿して有明高専に通っていた頃のことだ。弟がよく行く「閑人」という喫茶店で地元のフォークシンガーのライブがあると聞き、熊本市内から出かけて、弟と待ち合わせてライブに行った◆シンさんという人が心に染み入る野太い声で、ブルースを歌った。その時に「マクシム」という歌に出会って感動した。詩は菅原克己という詩人の作。「誰かの歌にあったようだが 誰だか思い出せない 労働者かしら それとも芝居のセリフだったろうか だが自分で自分の肩を叩くような この言葉が好きだ 『マキシムどうだ 青空を見ようじゃないか』」の歌いだしの歌◆当時の私は、臨時職員として県立の知的障害児施設の肥後学園で働いていた。給与も安く身分も不安定な時期で、将来に対して不安な気持ちで働いていた。シンさんの歌を聞いて、菅原克己の本を買い、マクシムの詩に自分で曲をつけて、ギターを弾き、歌って、自分を自分で元気づけていたものだ◆あれから40年ほどが過ぎた。そして今、このコロナ禍の中、私だけではなくて「皆が元気になるように」という願いを込めて、新しいマクシムの歌ができたので、ご紹介。

暗くて長いトンネルの中に

閉じ込められたような日々が続く

明けない夜はないというのに

光が見えない

旅に疲れて座った岸辺

遥かな島の向こうに夕陽が沈む

何故だか涙があふれ来て

涙が止まらない

そんな時に聞こえてくる

誰かが歌っていたあの歌

マクシムどうだい 青空を見ようじゃないか

 

シアワセの形は人それぞれ

だけど真実はひとつだけ

私には何がシアワセで

何が真実かわからない

真夜中に目が覚めて

眠れぬ時を過ごす

この地球の上にたった一人だけ

取り残されたような気がする

そんな時に聞こえてくる

誰かが歌っていたあの歌

マキシムどうだい 青空を見ようじゃないか

青空を見ようじゃないか 青空を見ようじゃないか 空を見ようじゃないか 

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徒然日記 Vol 479

木こり屋として

 木こり屋を名乗って10数年。これまでに椅子やパズルや積み木など多くの作品を作ってきた。いずれも、私自身のデザインだ。議員になる前は、木こり屋として色んな所に出向いたが、今は春と秋の年二回だけ、高森町でのアート&クラフトフェアに出店するだけだ◆しかし、今年はコロナで中止となり淋しい限りだ。それでも、これまで私の作品を買ってくれた方から、時々注文が入り、時間を見つけて高森で作業をすることがある。先日は、ひのきの丸太を持参されて、加工をしてのブロック積み木の注文があった◆DYIの小さな機械しかなくて、丸太を割る作業から始まり、板に加工するのに苦労したが、出来上がった。木工で生計を立てているわけではないので、価格を安く設定していて、今の所ほとんど儲けは無いものの、木工が好きなので楽しく作業をしている◆いつも、私の作品を手に取り、遊ぶ子どもたちの姿を思い描きながら、作業を進めている。子どもたちには、私の作品を通して、少しでも温もりある木の良さを知り、創造力と想像力を培ってほしいと願っている。

ブロック積み木でロボット

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徒然日記 Vol 478

大物が・・・

 若い頃から釣りが好きで、川でのヤマメ釣りから始まり、今は、月に一回ぐらい海での堤防釣りに行く。以前は、撒き餌を打ってウキをつけてのチヌ釣りばかりをしていたが、最近は、網かごに撒き餌を入れて遠投してのアジゴ釣りをしている。そして、釣れたアジゴを生き餌に竿を置いたままにして、ヒラメや青物なども狙っている◆これまでに、その置き竿に幾度か大きな引きがあったが、途中で仕掛けが切れたり、潜り込まれたりして逃がしてしまっていた。たまに、大きなエイがかかったりして、がっかりする。ところが先日、やっと大物を仕留めた◆朝の五時から釣りを始め、アジゴが数匹釣れた。朝の九時ごろ、そのアジゴを餌にした竿に大きな当たりが来た。竿を上げると力強い引き。しっかり耐えて、少しずつリールを巻いて足元まで引き寄せて、玉網で取り込んだ。56㎝のマゴチだった◆釣りのだいご味は、自分で作った仕掛けで、いかに魚を釣るか、そして、針が掛かってからの魚とのやり取りだ。更には、景色のいい自然の中で釣りに集中することで、日頃のストレスが発散できることや、釣れた魚を持ち帰って美味しく食べることができることだ。今回は、久しぶりの大物で、ドキドキした。持ち帰って、刺身や煮つけや天ぷらにして、自然の恵みに感謝しつつ、三日がかかりで家族で美味しくいただいた。

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