日記・コラム・つぶやき

徒然日記 Vol 319

終戦記念日に思うこと

北朝鮮は、85日の安保理制裁決議を受けて、グアム沖に4発の中距離弾道ミサイルを撃ち込む案を検討中と発表した。ミサイルが発射されれば、島根・広島・愛媛・高知の4県の上空をミサイルが通過する■これに対して日本は、ミサイルを撃ち落とすために、航空自衛隊の地対空誘導弾パトリオットと、日本海上にイージス艦を配備するという。このまま、米国と北朝鮮の脅し合いの外交が続けば、大変なことになる■現在、国民の半数以上が、憲法改正に反対であるが、北朝鮮がミサイルを発射すれば、今後、国民の多くが憲法改正を望み、そして、北朝鮮への報復を望むのだろう。政府として、日本国民の命を守ることは重要な責務だ。しかし、対話無き安易な武力行使は、悪しき戦争への道を突き進むことになる■あの悲惨な戦争を経験した日本の役割は、米国との共同の武力行使ではなく、日本としての平和のための対話を求める、外交力を発揮すべきだ。今、私たちは、戦争と平和の狭間にいる。この危機を乗り越えなければ、大変な時代がやって来る。

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徒然日記 Vol 318

ネバーギブアップ
前回のブログが6月30日だったので、実に1ヶ月近く更新できていない。この間、札幌市や宮崎市や福井市での研修、集会参加に加えて組合関連や地元の会議等、毎日忙しく活動してきた。週末から8月にかけても市政報告会や地元の夏祭り、沖縄での研修に東京近隣の視察等もあり忙しい毎日だ。落ち着いたら、きちんと活動の報告をしようと思っている。忙しさで心を亡くさないように、頑張らねば〜ギブアッップ!

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徒然日記 Vol 317

発言できない辛さに耐えて

私の所属する会派は市民連合で、現在9名で組織している。市議会議員48名中、自民党が17名で第一会派を構成し、我が市民連合は自民党に次ぐ第二会派だ。第二会派ということで、7つの委員会中、委員長ポストを一つ、副委員長のポストを三つ得ている。委員長・副委員長ともなると、委員会の前に詳細な事前説明があり、所管の事案については、いち早く詳細な報告がある■私は、この春から市職員の人事や財政、組織、基本方針、消防関連等を所管する、総務委員会の副委員長になった。委員会では、これまでは、委員長の隣には、議会事務局の職員が座っていたが、この6月議会から、他の政令指定都市にならって、委員長の隣に座ることになった。ということで、委員会での発言は、特別なこと以外はできない仕組みになってしまった。様々な疑問や意見を執行部にぶつけて、市民生活の改善を求めるのが私のスタイルだから、委員会で発言できないことで、欲求不満が募る■しかし、その分副委員長のポストを活用して、所管の部署とのやり取りはしやすくなった。市の運営の基本的なことに関わる部門ということもあり、私の責務も極めて重いのだ。この先、偉ぶることなく、市民目線、職員目線で頑張ろうと思っている■それにしても、副委員長として委員長の隣に初めて座っての総務委員会を経験して、発言できない辛さを体験した。いずれ、発言できない辛さに耐えられなくなったら、他の委員会に変更してもらい、いち委員として活躍しようかとも思っている。

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徒然日記 Vol 316

カッコウ派

 皆さんはカッコウという鳥をご存知でしょうか?オスは「カッコウカッコウ」と森の中でのどかに鳴いているが、メスのカッコウはというと、「托卵」という驚くような生態を持っている。カッコウは自分では卵を温めずに、オオヨシキリやホオジロやモズなどの他の鳥の巣に卵を産み落とす■その際、数合わせにその鳥の卵を減らすそうだ。そして、カッコウのヒナが生まれると、そのヒナは他の卵を巣の外に押し出すという。その後、オオヨシキリなどの鳥は、自分よりも大きなカッコウのヒナに、せっせと餌を運ぶ。人間界でも、ずるい奴もいるものだが、カッコウは親子して、なんともすさまじく凄い■話は変わるが、自民党の驕りの政治が続いている。以前の自民党には、タカ派とハト派がいて、良識ある自民党議員もいた。しかし、今やほとんどの議員が、安部総理の言いなりで、右向け右で、なんとも嘆かわしく恐ろしい状況だ■先日、組合の役員による松野代議士を囲む会があった。最後に挨拶をする機会があり、カッコウの生態を話した後に「松野さんには、この際、自民党に入っていただき『カッコウ派』を作り、いずれは自民党を乗っ取って、今の政治を変えてほしい」という話をした。えらく受けた。しかし、冗談ではなく、今のままヒットラーの時のような政治が続くと、この国の未来は、本当にヤバいのだ。

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徒然日記 Vol 315

この国はどこへ

 最近、アルコールの量が増えて眠れない。何故ならば、国会がヤバいから。安倍総理をはじめとする官僚の答弁の、あいまいさや稚拙さ、そして誠意のない言葉の羅列に、腹が立ち酒が進み、そして眠れなくなる■共謀罪の法案も、きちんと議論されないままに、強行採決された。近頃では、あまり政治の話をしなかった地域の方たちも、今の政治に対して「おかしいよね」「ヤバいよね」との声を上げている■秋口には衆議院解散総選挙があるだろう。今のままでは、政治不信がなお一層高まり、あきらめが蔓延し、選挙に行く人が減るかもしれない。この国はどこへ行こうとしているのか?その進路を決めるのは、私たち有権者だ■おかしいよね、ヤバいよねの声をもっと広げて、政治の流れを変えないと、いつか来た道を歩くことになる。中一の孫の言う「安倍さんって戦争大好きだってね」の言葉が、重くのしかかる。酒を飲んで、ため息をつくのではなく、あきらめずに行動するしかない。

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徒然日記 Vol 314

恋無き世代

 先日、東京での研修会に参加してきた。テーマは、人口減少対策についてだった。講演の中で、複数の大学教授が「人口減少の対策は、手遅れ」との指摘があった。少子化対策として、婚活を推進して今の独身の男女の結婚率が高まったにしても、その二人の子どもたちが大人になるのには20年以上かかる。ましてや、今の若者たちは、結婚願望が低く、その願望があったにしても、低賃金で働いていて結婚して生活できる環境にない。というのが、主な主張だった■特に印象に残ったのが、「草食系男子」と言う言葉に表れるように、私たちが若者だった時代に比べて、男女の恋愛自体が成立しない時代になっている、というもの。男女の性体験自体も比率として減少しているらしい。同僚の若手議員に聞けば、今の多くの若者は、異性間で、ちゃんづけで多くの人と付き合っていても、それは友だちとしての関係で、それ以上でも以下でもないことが多い、とのこと。私の若い頃には、考えられないような男女間の姿が、今あるようだ■恋をして、ときめいて、胸を熱くするようなこともない、多くの若者たち。異性を求めない、恋愛を面倒と思う、中性化してしまった男と女たちが増加しているようだ。子どもが生まれてこない社会が、このまま続けば、この国は大変なことになってしまう。今や「子どもは国の宝」という言葉は死語になった。国の宝がいなくなれば、その国自体の存続の危機だ■東京の研修を終えて、「人口減少社会の対策としての特効薬はない」と認識した。では、どうしたらいいのだろう?まずは低賃金で働かせることが当たり前の、労働者を大切にしない社会のありようを変えなければならない。さらには、子育て環境の整備として、保育や教育費の無償化や子育てしやすい環境を創り出さなければならない。と思う。しかし、環境がいくら整っても恋無き世代の意識を変えないと、結婚する人は増加しないだろう。だからといって、「恋をしなさい」という教育は「産めよ増やせよ」の国策に通じているようで、決してやるべきことではない。それにしても、変な時代になったものだ。

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徒然日記 Vol 313

 

 

なんだかな~

   先日、中一になる孫(男の子)から聞いた面白い話。孫は学校の帰り道で、3~40台の走る男性に、すれ違いざまに「こんにちは」と挨拶した。すると男性からすかさず「こんにちは」と返事が帰って来た。そして、今度は、その男性の後ろを警棒を持った警官が追いかけて来た。という話■そして、孫曰く「あのおっちゃん、きちんと挨拶してくれたから、きっといい人なんだよ」。それにしても、警官に追われる身の者が、余裕をかまして、きちんと挨拶すること自体が考えられないことだ■それにも増して、孫の「挨拶する人はいい人」の発言には、なんだかな~と思ってしまう。情景を思い描けば、チャップリンの映画の一コマのようでもあり、つい笑ってしまう出来事だ。おまわりさんの権威も、挨拶の重さも、えらくどん底近くまで落ち込んだものだ。と変に納得してしまう■孫の話を聞き笑いながらも、「なんだかな~」と思ってしまう。変な世の中になったものだ。

 

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徒然日記 Vol 312

他人事では済まされない

 4月から5月にかけては、校区の様々な団体の総会が開かれている。私も自治会と防犯協会の副会長として、いくつかの総会に参加している。先週は、土日にかけて校区の自治協議会や防犯協会等、四つの総会に出席した。自治会の役員になって、多くの方々によって地域の安全・安心な生活が守られていることを、改めて実感した。しかし、いずれの団体も、その中核を担っているのは、65歳以上の高齢の方がほとんどだ■働き盛りの方々は仕事があり、当然地域の活動の参加の機会は少ないのが現状だ。それでも、PTAや子ども会などで汗している3~40代の方もいらっしゃる。私も、役員として月一回の夜間パトロールや小学校一年生の見守り・廃品回収・どんどや・餅つき等、様々な活動のお手伝いをしている。そんな中、3月末に千葉県我孫市で、ベトナム国籍の小学校三年生の女子が、40代の小学校の保護者会会長に殺されるという事件が起きた■我が孫も同じ三年生だ。子どもたちの命を守る立場の人間が、小学生の子どもを持つ親が、己の欲望を満たすために、いたいけな少女の命を奪った。あまりにもひどすぎる暗澹たる思いにさせる事件だ。先日開かれた校区の役員の集まりで、小・中学校の保護者会長に会った。お二人とも、知人に冗談めかして「あんたは大丈夫だろうね?」と聞かれたらしい。私たちは、保護者の方や、そして、子どもたちにとって信頼される人であらねばならない■今回、千葉県で起きた事件は、冗談や他人事では済まされない事案だ。親による子どもに対する虐待の件数も、全国的に年々上昇している。「監視社会」という言葉があるが、子どもたちを守るために大人同士で監視し合わなければならない時代がやって来ている。今や間違いなく、社会全体が、そして人が疲弊しつつある、と感じるのは私だけだろうか?息苦しく窮屈な世の中になってしまった。だからと言って、溜息を吐くだけでは済まされない。安全・安心な社会づくりのために、あきらめずに地域や議会などでの活動を頑張らなければならない。

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徒然日記 Vol 311

元気をもらって

長い連休が今日で終わった。笑い話で、遊び疲れて家にたどり着いた家族が、皆して「わが家が一番」とため息をつく。だったら、家にじっとして、遊びに行くなよ。という話。私は、家族と宮崎に一泊のキャンプと釣りに行ってきた。あいにくの雨で、キャンセルがあり、広いキャンプ場には私たち家族だけだった。おかげで、ギターを弾いたり、孫たちとゲームしたり、夜遅くまで大いに楽しむことができた。翌朝に海岸を散歩した。朝の7時だというのに、海の中にサーファーが3人ほど波を待っていた。その横では、釣り人もいた。私たちは、近くの堤防で、昼前から夕方まで釣りをして、21時過ぎに帰宅した■翌日の土曜日には、高森のNPO法人「阿蘇フォークスクール」の総会と交流会に会員として参加して来た。10年近くフォークスクール主催で毎年、春と秋に「アート&クラフトフェア」を開いているが、昨年の震災の影響で、道路事情も悪くなり、更に昨年の秋のフェスタ前日には、阿蘇山の噴火もあり、作品を出展する作家もお客さんも激減した。震災後には学校の校舎も平日は閉鎖して、土日だけの開放となった。私は、議員になる前には、二年間ほど教室を借りて作品作りや、親子での木工教室などをしていたが、今では教室を借りる作家さんもいなくなった■夜の交流会では、理事さんたちと、どうしたらお客さんを呼び込むことができるのか、酒を酌み交わしながら語り合った。休日は高森に行く途中の道の駅や、温泉や公園などは多くの人で賑わっているのに、フォーークスクールはひっそりとしている。校舎内には、絵本や木工玩具などもあり、子どもたちを連れて、静かに一日のんびりと過ごせる魅力的な場所なのに誰も来ない■多くの人たちは、遊び道具があり、整備された施設やイベントがある所に集まっていく。混雑していることや、渋滞していることを知っていても、人が集まる。人混みが嫌いな私には理解できない光景だ。高森での交流会の後は、校舎の横に車を停めて、車の中で寝た。翌日は6時過ぎに起きて、運動場で飛行機を飛ばした。そして、地元校区の集まりがあるので、熊本に帰った。連休最後の日とあって、故郷から自宅に向かう、県外のナンバーを付けた車が多く走っていた。私にとって、この連休は、孫たちとしっかり遊ぶことができ、歌も久しぶりに大きな声で歌い、釣りも満喫した。何よりも、美しい山や海の景色を目にし、鳥のさえずりや波の砕ける音などを耳にして、自然から元気をもらった連休だった。また、忙しい日々が続くガンバロウ。

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徒然日記 Vol 310

生きている者として

 分かりきったことだが、命ある者、いつかはその命も尽きるもの。しかし、今年の一月から60代の尊敬すべき先輩方が三人、次々と亡くなり、やりきれない日々を過ごしている。昨年末に元県議の田上(たがみ)さんが、検査入院されていたので、お見舞いに行った。その後「大したことないから心配無きように」と電話があった。その二週間後には、亡くなられた。後から聞いて分かったのは、末期の肝臓がんだったということ。奥様共々、内緒にされていたのだ■田上さんとは、私が県職員労働組合の役員時代からのお付き合いだった。誠実で真面目な方で、県議の頃に政務活動費の領収書の添付が義務付けられていない時代に、「第二の報酬として受け取るわけにはいかない」と、必要な経費以外は返還されていた。多くの県議の中でたった一人の行動だった。そして、4月の初旬には、私の孫がお世話になった保育園の田中園長先生が亡くなった。昨年度は、この三月までの一年間、自治会の役員として一緒に仕事をさせてもらった。先生は数年来、癌と闘っている身でありながら「地域への最後のご奉公」などと冗談めかして話をされていた。3月末の自治会役員のお別れ会では、孫育ての相談をして、温かく、そして的確な回答をいただいた。今にして思えば、その言葉が私にとっての遺言になってしまった■そして、先日には、元市議会議員の東さんが突然亡くなった。東さんの市議挑戦の時は、現職の田上県議と東候補を連れて、職場や地域を引き回した。その後、西県議を後継として、西・東のコンビでの選挙も共に戦った。元保健師で真面目で熱い方だった。彼女が、三期目の市議選挑戦を断念したことにより、私に市議選立候補の話があった、ということで縁が深い方だ。昨年から月に一回のペースで仲間4人集まり、飲みながら、色々と助言をいただいた。前回の集まりの時には、元保健師でありながら「私は病院には行かない。病院に行くと病気が見つかるだけ」と言われていた。議員を辞めた後は、大学での講師や地域の自治会長として忙しく活動されていた。たぶん、どこか不調があったはずだが、症状が出て一日我慢して病院に行き、その数時間後に脳内出血で亡くなられた■三人の方々は、いずれも60代後半で、我が身を顧みず、これまで人のため地域のためと働いてきた方々だ。そんな素晴らしい方々が、人生これからという時に亡くなられた。私は、生きている者として、シッカリと先輩方の遺志を継いで生きなければ、と思っている。しかしあまりにも若くしての死去に、悔やんでも悔やみきれないし、ご家族の悲しみはいかほどかと、身につまされて、やり切れなくなる。つい弱気になり「次の選挙は出ないとこうかな」などと、思ってしまう。しかし、三人の先輩たちの笑顔が見える、そして「なんば言いよっとね。まだまだ頑張らなんタイ」という声が聞こえてくる。

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