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徒然日記 Vol 655

契りたがわず

 晴れた日の午後から、母と連れ合いの三人で、知り合いの方の紹介で、大津のギャラリー水車小屋に行ってきた。知り合いの方は、自宅近隣にお住まいの女性Yさん。母の絵手紙の教室の仲間で、カメラや、ひょっとこ踊りをされたりと、多趣味で元気な方だ。そのYさんが、夏目漱石顕彰「草枕」国際俳句大会の写真俳句部門で、大賞の次点の特選に選ばれた。彼女の作品など入賞された方たちの作品が、展示されていた◆Yさんの作品は、山鹿灯篭の女性の写真と「星合や契りたがわぬ夢枕」(星合ホシアイ:七夕)の俳句。まるで一幅の絵画のような写真と、美しい天の川が見えるような句が溶けあった、情感豊かな、素敵な作品だ。大賞に選ばれたのは、満開の桜の木とその下を走る郵便局員の赤いバイクの写真で、俳句は「村の子が待ちし一通春の朝」というもの◆ギャラリーは、昔は水車小屋で麦などをひいていた場所で、階下には、でっかい古びた水車が、今も残っている。静かな癒しの空間で珈琲を飲みながら、私は7年前の地震後の日々を思い起こしていた。地震の際、彼女は、武蔵コミセンに避難された多くの高齢者や子どもたち等のお世話を、ボランティアで一カ月近く頑張った方でもある。私の母も、武蔵コミセンに避難して、助けていただいた。彼女は、元看護師長ということもあり、ボランティアや避難者の方たちと協力しての、食事の準備や、高齢者の見守りなど、献身的に、そしてリーダー的な役割を担っていただいた◆コミセンには、ボランティアで、毎日水を確保するために遠くまで水汲みに行く人、高齢者の移動時に手を貸す人、トイレの掃除をする人、配膳や後片付けをする人など、子どもたちから、高齢者まで、皆で助け合う姿があった。そんなことを思い出しながら、「契たがわぬ」を、あの地震後の光景に絡めて、勝手に解釈を広げる私がいた。契りの意味には、約束や誓いや宿縁などがある。私は、またいつか地震があったら、Yさんも私も、多くの人たちも、何の約束も誓いもしてはいないが、あの地震の縁をもとに「契たがわず」皆のために汗することだろう、と思ったものだ。

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