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2023年5月

徒然日記 Vol 661

五月の風に吹かれて

 あさ子さんから、こんな俳句が寄せられた「麦の秋 黄金色(こがね)の波に 揺られけり」。この句に出会い、麦秋の季語は、初夏と知った。あなたの好きな季節は?と聞かれたら、この初夏の季節と答える私だ。特に、五月は、年間を通して、一番好きな月だ。先日、夕方にバイクを走らせていたら、麦の畑に出会った。黄金の麦の穂が、風に揺れていた。何気ない景色だが、畑の端っこに立ち、爽やかな五月の風に吹かれながら、心洗われるひと時を過ごした。

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徒然日記 Vol 660

子どもたちに支えられて

 発達障害児のデイで働き始めて、一週間が過ぎた。デイには、小学一年生から中学三年生までの10数名の子どもたちがいて、毎日来る子どもや、週に三日程度の子どももいる。なおかつ、通学する学校も様々で、まだ、全員の名前や学年や学校を覚えられない。毎日、子どもたちの下校時間に合わせて、職員が迎えに行き、デイまで送り、そして夕方には、自宅まで送ることになる◆職員は、私を入れて、4名から5名。午前中は、受け入れのための準備等で、ゆっくりした時間が流れるが、15時前から、迎えに行く職員が動き始め、15時過ぎから、それぞれの子どもたちがやって来る。先日は、気がつけば、私以外の職員は迎えに行き、私一人で、子どもたちの5~6人、という日もあった。私も、少しずつ学校や子どもたちの自宅を覚えて、送迎に参加している◆子どもたちは、年齢も性別も、個性も様々だ。何故に障害児というレッテルが張られているのか、疑問に思う子どもたちもいる。数十年前であれば、少し変わった子と言われるような子どもたちが、見過ごされてきたものの、現代では、早期に発見し、 類型的に障害を見極めていることにあるのかもしれない。しかし、個性豊かな子どもたちを見る時、何を持って「障がい」と言うのか、いささか疑問を持っている◆ある中学生の男子は、私に会うなり「先生って、ヤクザみたいだね」と、臆面もなく言い放つ。私が、ずっと座り続けて、足が痛くなり立ち上がり「いててて」と言っていると、小学三年生の女子が近づき、足をさすってくれたりもした。知的障害児の施設で働いている頃もそうであったように、今も、子どもたちに支えられて、働いている自分がいる。これからも、目の前の子どもたちに寄り添い、自分なりに、できることをしていこうと思っている。

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徒然日記 Vol 659

畑を耕し草を刈る

 5月の連休は、三泊四日で、久しぶりに高森に行ってきた。日中のほとんどを、外で過ごした。畑を耕して、サツマイモやトマトや紫蘇やアスパラガスの苗を植えた。小雨の中、合羽を着て、草刈機を抱えて、雑草を刈ったりもした◆入り口の坂道にたまった枯葉と土を、スコップ片手に片付けた。久しぶりに身体を動かして、汗をかき、夜には、美味しいビールをいただいた。お風呂は壊れていて、お湯が出ないので、温泉に行った◆といっても、4日間の内、二回しか行かなかった。いずれは、屋外にドラム缶のお風呂をつくり、星を観ながら、お湯につかるのを楽しみにしている◆晴耕雨木の日々を夢見て、数十年。目が見えて、手元も動いて、足腰も元気なうちに高森に移り住み、85歳ぐらいまでは生きていたいと思っているが、この先どうなることやら。一先ずは、二年間ほどは、放課後デイの仕事を続けようと思っている。夢を諦めずに、頑張らなくては。

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徒然日記 Vol 658

やり直しの日々が始まる

 私の夢のひとつに、障がい児関連の仕事をもう一度やってみたい、というのがあった。四期目の市議選に落選したことで、近隣の知人の方のおかげで、発達障害児のデイで働くとこととなり、夢が叶った。元気ならば75歳までOKとのこと。この先、何年かは頑張ろうと思っている。私は、20数年来、障がい児施設の指導員として県立肥後学園で働いた。多くの子どもたちと出会った。みんなそれぞれに個性があり、今でも、時々、関わった子どもたちの事を思い出す。楽しかった思い出と共に、当時の私の療育は、間違っていたのでは?と、思う時がある◆子どもたちに本当に寄り添っていたのか?子どもたちの心を傷つけてはいなかった?療育と言う名を借りての押しつけだったのでは?等々。一つの例として、自閉的傾向のU君のことを思う時、自責の念に駆られる。彼は、五感が人より以上に鋭く、お風呂のタイルの感触が嫌いで、つま先立ちで浴槽まで歩いていた、木工班に所属していた時、機械にスイッチが入り動き出すと、その大きな音に耐えられず、耳をふさぎ、外に飛び出していた。私は、その環境に慣れることが大切だと思っていた◆当時の療育の考え方は、社会の様々な環境に合わせることができるように、ということで、様々な経験のもとに、その子の嫌だと思うことも克服するように、というもの。環境に合わせて、その人を変えていくというもの。いま思えば、耐えらないような空間に、引き戻していた私は、その子にとっては、悪魔のような存在ではなかったろうか。現在の療育の考え方は、大きく変わり、その人に合った環境を設定し、生活や仕事などができるようにすることにある◆音に敏感な人が、イヤーマフやノイズキャンセリング機能付きのヘッドホンをつけて、働いている職場もある。人付き合いが苦手な人ならば、一人で作業ができる空間を準備している企業もある。5月の連休明けから、私の懺悔ともいえる、やり直しの、発達障害児のDAYでの仕事が始まる。まずは、一人ひとりの子どもたちと触れ合い、それぞれの個性を把握し、受け止めることから始めようと思っている。そして、その子にとって必要な環境は何なのかを、きちんと整理できるようにしようと思っている。肩の力を抜いて、テクテクと一緒に歩けたらばいい。

↓ エケベリア/七福神の花

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徒然日記 Vol 657

我が心に、亡くなった人たちが生きているように

 私には孫が二人いる。18歳になり、この春から働き始めたR男と、中三15歳のN美。誰に似たのか、二人とも朗らかで、優しくて、いつも私たちを和ませてくれる。R男は、高校時代までは、毎朝、起こさなければならなかったが、働き始めてからというもの、自分で早起きして出かけるようになった。職場では、皆から可愛がられているようだ◆N美はといえば、不器用なR男に比べ、要領がよく、甘えるのが上手で、家の手伝いを頼んでも、すぐに動かないことが多い。それでも、少しずつ成長し大人になっていくのだ。あと、10年もすれば、それぞれに彼女や彼氏ができて、いずれ結婚するのだろう。いつの事かはわからないが、ひ孫の顔を見るまでは生きていたいと思う◆二人は、殆んど喧嘩もすることなく、仲が良く、時折、猫のようにじゃれ合ったりしている。彼らが、子どもを産み育てる頃、この世界はどんな風になっているのだろうか。市議会議員として、心を育み、人を育て、明るい未来を築くために、そして、子どもたちの未来のためにと、汗してきた。しかし、この世界の未来は、あまり明るくはないような気がする◆二人が、いつの日か、幾度か大きな壁にぶつかる時に、お互いに助け合って、乗り越えてほしいものだ。その時に、私がいないことが、思いのほかに寂しく、悲しい。亡くなってしまった身内や、親戚や、先輩などの多くの人たちが、今でも、私の心の中に生きているように、いつの日か彼らの心の中に、私がいることを願っている。

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徒然日記 Vol 656

桜咲く いつかは叶えぞ 天下人

 4月30日で、市議会議員の肩書が外れ、5月1日から、いち市民となった。当日は、議員に与えられた年間240万円の政務活動費(市民の皆さんの税金)の収支報告書を提出する日ということで、会派の市民連合に行き、書類を整理し提出してきた◆その他には、議員に貸与されていた、iPadや駐車券などを返還した。議会事務局入り口にある議員が登庁時にタッチするパネルは、当選した議員の名前に新しく打ち変えられていた。当然、私の名前はそこには無い◆報告書の提出の際に、議会事務局の職員に、ある写真を手渡した。写真の裏には「桜咲く いつかは叶えぞ 天下人」と書いた。相手は、新人の瀬尾議員だ。告示前に出馬して北区3位で当選したタレント議員だ。選挙戦の最中に、桜の咲く公園で出会い、私と一緒に写った写真があったので、俳句を添えて渡してもらうことにした◆公園で会うなり、彼に「あなたの政策は?」と問うた時に、即座に答えられず、私から「観光じゃ~?」と、言って、別れた青年だ。今後、議会には、以前の仕事の熊本城の戦国武将隊のイメージで、袴をはいて来るそうだ。私の年齢の半分ほどの青年が、パフォーマンスだけでなくて、これから、議会で、どんな質問や提言等をしていくのか、注視したいものだ。

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徒然日記 Vol 655

契りたがわず

 晴れた日の午後から、母と連れ合いの三人で、知り合いの方の紹介で、大津のギャラリー水車小屋に行ってきた。知り合いの方は、自宅近隣にお住まいの女性Yさん。母の絵手紙の教室の仲間で、カメラや、ひょっとこ踊りをされたりと、多趣味で元気な方だ。そのYさんが、夏目漱石顕彰「草枕」国際俳句大会の写真俳句部門で、大賞の次点の特選に選ばれた。彼女の作品など入賞された方たちの作品が、展示されていた◆Yさんの作品は、山鹿灯篭の女性の写真と「星合や契りたがわぬ夢枕」(星合ホシアイ:七夕)の俳句。まるで一幅の絵画のような写真と、美しい天の川が見えるような句が溶けあった、情感豊かな、素敵な作品だ。大賞に選ばれたのは、満開の桜の木とその下を走る郵便局員の赤いバイクの写真で、俳句は「村の子が待ちし一通春の朝」というもの◆ギャラリーは、昔は水車小屋で麦などをひいていた場所で、階下には、でっかい古びた水車が、今も残っている。静かな癒しの空間で珈琲を飲みながら、私は7年前の地震後の日々を思い起こしていた。地震の際、彼女は、武蔵コミセンに避難された多くの高齢者や子どもたち等のお世話を、ボランティアで一カ月近く頑張った方でもある。私の母も、武蔵コミセンに避難して、助けていただいた。彼女は、元看護師長ということもあり、ボランティアや避難者の方たちと協力しての、食事の準備や、高齢者の見守りなど、献身的に、そしてリーダー的な役割を担っていただいた◆コミセンには、ボランティアで、毎日水を確保するために遠くまで水汲みに行く人、高齢者の移動時に手を貸す人、トイレの掃除をする人、配膳や後片付けをする人など、子どもたちから、高齢者まで、皆で助け合う姿があった。そんなことを思い出しながら、「契たがわぬ」を、あの地震後の光景に絡めて、勝手に解釈を広げる私がいた。契りの意味には、約束や誓いや宿縁などがある。私は、またいつか地震があったら、Yさんも私も、多くの人たちも、何の約束も誓いもしてはいないが、あの地震の縁をもとに「契たがわず」皆のために汗することだろう、と思ったものだ。

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