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2022年8月

徒然日記 Vol 605

敗戦の日に

 本日、8月15日の終戦記念日に、家族で墓参りに行ってきた。車中で、中二になる孫のN美が「今度、修学旅行があるけど行きたくない」と言う。聞けば、皆と一緒にお風呂に入ったり、一緒の部屋に寝るのが嫌だと言う。もっともな理由か。そして、行き先が広島と京都で、広島は、平和学習で行くという◆N美は、「小学校の時も長崎に行って、平和が大事と勉強したのに、何で二回も行くんだろう?それに、私たちがいくら平和の大切さや戦争の怖さを勉強しても、戦争は亡くならないし、意味ないんじゃ?」と言う◆私は、一瞬、言葉を失う。それでも私は「平和の大切さをきちんと伝えていかないと、大変なことになるよ」と言うが、聴く耳を待たないN美だった。N美の主張はある意味正しい。時の権力者たちこそが、平和の大切さや、戦争の悲惨さを知るべきなのだ◆だからといって、私たち市民が国民が、平和の大切さを忘れてはいけないし、平和を求めることを諦めてはいけない。多くの人たちが、諦めた時に、この日本も戦争に巻き込まれるのだ。しかし、私の人生の1/4も生きていない孫が、「どうしようもない」と思ってしまう、この世界って、なんだろう?ため息の敗戦の日だ。

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徒然日記 Vol 604

友は逝く いずれ我が身ぞ 蝉しぐれ

 昨日、20年振りだろうか、造形作家のT君に会ってきた。終活ということで、奥さんの実家の倉庫にある、様々な造形作品の片付けのために、東京から、画家である奥さんと一緒に、一カ月ほど帰ってきている。奥さんとは、お二人の披露宴以来ということで、実に40年振りだ。片付けの最中に、披露宴に参加した人たちの寄せ書きが出てきたということで、見せてもらった。私や友人や恩師のN先生などの寄せ書きを読みながら、遠い昔のことを懐かしく思い出した◆二次会では、二人のために、自作の「金峰山の唄」を、ギターで歌ったとのこと。自分では、ほとんど記憶に残ってなく、今さらながら、人前で自作の唄を歌ったなんてと、恥ずかしく思った。彼の造形作品は、いずれも素晴らしい。どこかできちんと展示されることを願っているが、それが叶わなければ、廃棄することになるという。私からは、どこにも展示できない作品があるならば、「高森で預かってもいい」と伝えた◆最後は、グータッチで別れた。何故か、涙があふれた。その後、一昨年に亡くなった、K君のお母さんに会ってきた。ご主人が亡くなった葬式以来なので、実に20数年ぶりのことだ。小さくなってしまわれた98歳のお母さんに会うなり、涙が止まらなかった。K君は、一昨年の12月にコロナワクチンの接種の翌日に、自宅のソファーで独り、眠るように亡くなっていたそうだ◆コロナにかからないようにと受けた、ワクチン接種で亡くなるなんて、皮肉な話だ。本人も、親より先に逝くなんて、思ってもいなかったことだろう。お母さんに「K君の分まで、頑張って長生きしてください」と伝えて別れた。近くの公園では、蝉の鳴く声が。いずれは死ぬ身と知っていか知らずか、蝉たちは地上での一週間程を精一杯に生きている。私も、残された人生、悔いなく精一杯に生きたいものだ。

↓中学時代の恩師の寄せ書き    ↓T君と作品(一部)

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徒然日記 Vol 603

まだまだ生きてやる

 中学時代の同級生のT君が東京から、終活のために熊本に久しぶりに帰って来た。そして、明日会う約束をした。同級生で集まれないかと、幾人かに連絡した。ところが、K君の携帯が「現在、使われていません」と、繋がらない。早速、今日、西原村に住む兄貴さんを訪ねた。K君は?と聞くと、「一昨年の12月にワクチンの接種後にショック死した」との返事。もしかして、とは思ってはいたが、最悪の結果だった◆一年と8カ月も前に亡くなっていたとは、ショックで、言葉を無くしてしまった。彼とは、小学校、そして中学校でも同級で、50年以上の付き合いで、私たち夫婦の披露宴の司会もしてもらった仲だ。独身の頃は、よく一緒に酒を飲み、お互いの曲をギターで弾き、歌ったりしたものだ◆二年前だろうか、「いつか一緒に天草に釣りに行こうかね」と話をしたのが最後だ。兄貴さんは「バタバタしていて、誰にも知らせず、葬儀は家族ですませた。知らせることも無くてごめんね」と言われた。私がため息をつくと、兄貴さんは「人はいつか死ぬんだよ。仕方ないこと」と言われた。それにしても、コロナに感染しないようにと、打ったワクチンで死んでしまうなんて、皮肉なものだ◆確かに、人はいつか死ぬのだ。しかし、二年ほど連絡をしていなかったことに気づき、今さらながら後悔している。来年は、同級生の皆は70歳になる。歯が抜けるように、いずれは、みんな歳を重ねて、亡くなっていくのだ。僕も、あと何年生きられるのかはわからないが、生きている自分は、亡くなってしまった人の分まで、精一杯、まだまだ生きていくしかないのだ。

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徒然日記 Vol 602

猛暑日そしてコロナ感染は続く

 毎年、夏を迎えるたびに、その暑さにへこたれそうになる。年齢を重ねて体力は衰えていくのに、地球温暖化の影響で、年々、気温は上昇中だ。わが家のクーラーも、ほとんど休みなく動いている。今日もテレビでは「危険な暑さが続く。できるだけ外出は控えるように」と。コロナの感染拡大も止まらず、県内は4千人以上と、過去最高の感染者数だ。感染すれば重症化が懸念される高齢者は、自宅でじっとしているしかない。ある女性が「今年は、孫たちも帰って来ない。夫も入院したが、看病もできない。早くコロナが終息してほしい」と寂しそうに訴えられる。暑さとコロナに負けないように、じっと耐えるしかない我慢の夏。涼しい秋と共に、コロナの終息の訪れを待っている。

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