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徒然日記 Vol 579

月日は流れて

 今から25年前の1997年12月に、現場を離れて県職員労働組合の書記長に就任し、途中で県を退職し、離籍専従として9年間務めた。本来であれば、60歳まで働かなければならなかったものの、色々あって中途で辞めた。途中で辞めなければ、などと思う時もあるが、きっと、メンタルで潰れるか、身体を壊していただろう。当時は、バブルがはじけて、民間企業が厳しい中で、身分も賃金も安定した公務員に対する攻撃が激しかった。人員削減が進み、賃金は毎年据え置きかマイナスで、公務員にとっての冬の時代だった◆書記長になって二年目には、財政難を理由とした賃金カットの提案を受けた。賃金カットをめぐり人事課の担当者と、交渉に向けての事前折衝を幾度となく重ねて、押したり引いたりの綱引きが続いた。当局と組合の立場ではあったものの、交渉等のやり等を含めて、妥結に至るまで、お互い知恵を出し合い、苦労をした。ということで、お互い、苦労しあった戦友のような気持ちで、私が書記長を辞するときも、人事課の面々で送別会をしていただいた。当時の担当者とは、今でも懇意にさせてもらい、私の工房「木こり屋」を出店するイベントにも顔を見せてもらったりしている◆そのうちのお二人のうち、Oさんは、以後、総務部長となり、現在は退職後に県人事委員会の委員を務めていらっしゃる。そして、もうお一人のHさんは、今回の県の人事異動で、総務部長に就任された。早速メールで「いずれ総務部長に、と思っていました。おめでとう。身体に気を付けて頑張って」と伝えた。返事には「身に余る重責で緊張してます」とあった。総務部長は、県の人事や財政等を預かる行政の要の職だ◆年末には、県関係の公務員の労働組合組織で構成する、県公労と、賃金労働条件等に関わっての交渉をしなければならない。私も当時、その県公労の事務局長として、賃金カットの交渉等含めて、歴代の総務部長とやり取りをしてきた。25年後の今、Hさんには、総務部長として、立場は違っても、現場の実態を知り、職員に優しい対応を望むところだ。それにしても、過ぎてしまえば、月日の流れることの、なんと早かったことか。この数日、良い天気が続き、桜は満開で、花びらが風に舞っている。あと何回、美しき桜を愛でることができるのだろうか、と思う。

↓大津町 1.5㌔続く桜並木

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