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徒然日記 Vol 564

いつの日か地震とコロナ禍を振り返る時に

 私には、中学生と高校生の、二人の孫がいる。私たちは、やがて6年前となる熊本地震を経験した。そして今は、先の見えないコロナ禍に直面している。コロナ禍は全国民が経験していることだが、熊本県民は地震に加えてのコロナ禍だ。子ども時代に、地震やコロナ禍という二つの大きな災害を経験するというのは、人類の歴史の中でも稀なことだ◆私たちの子ども時代の災害などの記憶を辿るならば。やがて、90歳となる母は、戦争を体験した。小学生の夏の日に長崎に落とされた原爆の雲を見たという。私はといえば、昭和34年の近くの坪井川が氾濫した時の、水害の記憶があるぐらいだ。当時、私は5歳だったにも関わらず、いくつかの記憶がよみがえる◆隣の叔父の家の二階に避難した翌日の朝、あたり一面が茶色の水に覆われて、湖のようだった。その水の上を蛇がくねくねと泳いでいた。水が引いた後、晴れた日に、泥にまみれた畳を外に干して、棒で畳を叩いて、泥を落としていた大人たち。今思えば、子ども心にも大雨の恐ろしさを心に刻んだものだ。今の子どもたちは、大人になってから、今の記憶をどのように辿るのだろうか?◆命の危険を感じるような、巨大地震を身をもって体験し、コロナ禍で休校が相次ぎ、当たり前の暮らしができない日々が続く。それでも、孫たちを見ていると、大人たちの心配をよそに、今の状況を受けとめて、淡々と暮らしている。そういった意味では、子どもたちは、この経験によって、私たちよりも逞しく生きていけるような気がする。いつの日か、私たちが地震やコロナ禍を振り返る時に、大人の責任として「あの時、みんな精一杯がんばったよね」と言えるようにしなければ、と思う日々だ。

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