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2022年1月

徒然日記 Vol 566

ヤバいヤバイ

 先日、とうとうコロナの感染者が県内で千人を越えた。熊本市の病床使用率もやがて90%台にせまる。今回のオミクロン株は、これまでと違って、10代から20代の子どもや若者を中心に感染が拡大している。私のまわりでも、議員をはじめ複数の知人などが、次々に感染している。濃厚接触者や症状がある人などしか、検査をしないので、実質の感染者数は、倍以上ではなかろうか◆もしかして、私自身も症状がないままに、ウイルスをばらまいているのかもしれない。今回のオミクロン株は、重症化には、なりにくいと言われるものの、高齢者や持病を持つ者にとっては、命に関わる。感染拡大に伴い、全国規模で重症者や死者も増加している◆中学生の孫の友達のメールには、「子どもたちに感染が広がっているのに、なぜ、学校は休校や分散登校にならないのか、おかしい」という書き込みが、いくつもあった。確かに、2年前には、いきなり全国規模で3ヶ月近く休校になった。子どもたちへの感染が、ほとんど無かったにも関わらずにだ◆子どもたちの不信や不安を払拭するためには、私たち大人がきちんとした、分かりやすい説明と対応をしなければならない。私も、マスクは布から不織布に変え、手洗い、うがいも念入りに行っている。しかし、3月の質問準備のために、議会棟に行かないわけにはいかない。感染の収束が見通せない今、この先どうなってしまうのかと、私も不安に駆られ、「ヤバいヤバい」と呟く毎日だ。

↓コロナに負けずに花は開く

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徒然日記 Vol 565

 メール遠方より来たる

 先日、22日日曜日の真夜中の1時過ぎに、スマホがけたたましい音で鳴り「緊急地震情報、大きな揺れに警戒」の声。その数秒後に、大きな揺れが10秒ほど続いた。熊本地震を思い出してゾッとした。しかし、布団から出ることはなかった。宮崎県沖が震源で、熊本は震度4で、宮崎や大分では震度5強を観測した。余震もあり、しばらくは眠れなかった◆翌日、埼玉に住む大学時代の同窓のBさんから、「大丈夫ですか」とメールが届いた。数年前の同窓会を契機に、時々メールのやり取りをしたりしている。私のブログも読んでもらっている。家族の介護をしていて、大変なようだ。それでも、遠い空から、私のことを気遣う、その優しさに、胸が熱くなった◆彼女からメールが来た日に、偶然にも、茨木に住む、別な同窓のMさんからもメールが届いた。「Tの具合が悪いと、風のうわさで聞いたけど、元気なのかな」という内容だった。早速、Tに電話した。「昨年、仕事を辞めて、今は何もしていないけど、元気だよ」との返事。安心した。名古屋の大学で、やがて50年近く前に知り合い、今は遠く離れているにも関わらず、仲間を気遣う友だちがいる。本当にありがたいことだ◆前回の同窓会の後、次は熊本で集まろう、ということになっていたが、二年前に仲間のYさんが亡くなったので、彼女の墓参りのために、いずれ、名古屋に集まることになっている。しかし、コロナの感染が収まらないことには、名古屋に行くことは叶わない。私は来年の春には選挙が控えている。この夏以降は、バリバリ忙しくなる。できれば、その前にコロナが終息し、名古屋で懐かしき同窓生に再会できることを願っている。コロナ退散。

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徒然日記 Vol 564

いつの日か地震とコロナ禍を振り返る時に

 私には、中学生と高校生の、二人の孫がいる。私たちは、やがて6年前となる熊本地震を経験した。そして今は、先の見えないコロナ禍に直面している。コロナ禍は全国民が経験していることだが、熊本県民は地震に加えてのコロナ禍だ。子ども時代に、地震やコロナ禍という二つの大きな災害を経験するというのは、人類の歴史の中でも稀なことだ◆私たちの子ども時代の災害などの記憶を辿るならば。やがて、90歳となる母は、戦争を体験した。小学生の夏の日に長崎に落とされた原爆の雲を見たという。私はといえば、昭和34年の近くの坪井川が氾濫した時の、水害の記憶があるぐらいだ。当時、私は5歳だったにも関わらず、いくつかの記憶がよみがえる◆隣の叔父の家の二階に避難した翌日の朝、あたり一面が茶色の水に覆われて、湖のようだった。その水の上を蛇がくねくねと泳いでいた。水が引いた後、晴れた日に、泥にまみれた畳を外に干して、棒で畳を叩いて、泥を落としていた大人たち。今思えば、子ども心にも大雨の恐ろしさを心に刻んだものだ。今の子どもたちは、大人になってから、今の記憶をどのように辿るのだろうか?◆命の危険を感じるような、巨大地震を身をもって体験し、コロナ禍で休校が相次ぎ、当たり前の暮らしができない日々が続く。それでも、孫たちを見ていると、大人たちの心配をよそに、今の状況を受けとめて、淡々と暮らしている。そういった意味では、子どもたちは、この経験によって、私たちよりも逞しく生きていけるような気がする。いつの日か、私たちが地震やコロナ禍を振り返る時に、大人の責任として「あの時、みんな精一杯がんばったよね」と言えるようにしなければ、と思う日々だ。

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徒然日記 Vol 563

感染拡大が止まらない

 全国規模で、年が明けて、少しずつコロナの感染者が増加し、熊本県は日々、過去最大の感染者数を更新している。本日は、熊本県内で711人の感染者数となった。第6波の感染拡大を受けて、国は、熊本県を含む16都県に「まん延防止等重点措置」の適用を決定し、21日から来月13日まで実施することとなった◆熊本県は、3回目の「まん防」の措置。感染が拡大するたびに、飲食店への営業時間短縮など人流抑制のための、様々な取り組みを行ってきた。しかし、今回のオミクロン株の感染力はすさまじく、子どもたちや若者を中心に感染が広がっている。このところ、毎日1・5倍ずつの増加傾向にあり、この数日後には、1000人越えも懸念される◆感染しても、重症化にはなりにくいというものの、基礎疾患を持っている人や、高齢者は、重症化のリスクが高い。市内の病床使用率も30㌫を越えた。クラスターも飲食店だけではなく、高校や児童や高齢者の施設等で発生している。小中学校の職員や生徒の感染も広がり、孫の通う中学校でも生徒が感染し、学級閉鎖となっている◆現在、県内では療養中の人が2400人程度で、その内、入院中の人が269人で宿泊療養者が647人、自宅療養者が974人となっている。入院していない人への、きちんとした医療が提供できない中、適切な見守り等の対策が望まれる。ワクチンの3回目接種が始まった。接種が進めば、感染も少しずつ終息に向かうのだろう。しかし、その後に新たな変異株が現れる可能性も高い。コロナとの闘いは、まだまだ続く。

↓ コロナに関係なく

 2つ目の花びらが開く

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徒然日記 Vol 562

下水が漏れて・・・

 私の後援会の事務局長のTさんの自宅前に、県の施設で弓削ポンプ場というのがある。近隣の15000世帯の下水をポンプで、遠く離れた下水処理場まで流す所だ。11日に下水管のつなぎ目から下水漏れがあり、夜間に工事をしていたが、昨日の15日未明に大量の下水が近隣に流れ込んでしまった◆私も朝から現地に駆けつけて、Tさんと一緒に現場を見て回った。午後には、西県議も同行して、県や市の担当者と話をし、早期復旧や消毒対応等について申し入れた。現場付近は、真夜中に近隣の道路を川のように下水が流れ出て、庭先まで汚水が溜まっている所もあった。下水が流せないということで、バキューム車が、ずっと真夜中も下水をくみ上げている。近所の人は、その音で眠れないことだろう◆問題の下水管は今朝には、補修が終わり、現在、流し込んだコンクリートを養生中だ。今朝も現場に行ってきたが、近隣の道路は、未だ通行止めが続き、まだ、下水を流せない状況で、バキューム車が動いていた◆下水が流入した近隣の家屋や道路の消毒も本日終了した。しかし、明日の試験運転までの間、15000世帯の市民には、できるだけの節水を呼び掛けていて、不便な生活が続いている。明日、試験運転をして漏れ等が無ければ、運転も再開し、交通規制も解除される見込みだ。早期の完全復旧を願うばかりだ。今後の対応も含めて、県市連携のもと、きちんとできるように、西県議と一緒に、引き続き注視していかなければならない。

 

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徒然日記 Vol 561

お花に、一目惚れ

 先日、近くのホームセンターのチラシに木工の機械が安く出ていたので見に行った。安くはあるが、眼鏡にかなわず買わなかった。帰る途中の花のコーナーで、初めて見る、美しい花に出会った◆水仙の原種のモノフィラスという名前で、「可憐」という言葉がぴったりの花だった。この寒い時期に咲く花で、毎年、球根で増えていくらしい。その美しさに心奪われて、しばし眺めていた◆買おうかとも思ったが、あまりにも茎がか細くて、今にも折れそうで、すぐに枯らしてしまいそうな、そして、何よりも自分が育てるのには、何かしら不似合いな気がして、あきらめた◆しかし帰宅後も時折、ふっとその花の姿が目に浮かぶ。そして、また会いたい、と思う。きっと、初めて知った小さき美しき花に、一目惚れしたのだ。そして、私には不似合いだと思いながらも、三日後に、ホームセンターに再度出向き、手に入れた。真冬に咲く、雪のように白い花。見つめていると、寒い中、心がホッと温かくなるのだ。

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徒然日記 Vol 560

そっでよかったいね?

 このブログ、昨年の中旬に書き込んで以来だ。いつものことだが、年末年始は色々と忙しくて、ブログに向き合う時間が無かった。ということで、実に二週間ぶりの掲載だ。毎年、お正月になると、「なんか違うよな?」と思うことがいくつかある。毎年、年賀状を友人知人宛に100通以上送っている。議員としては、手書き以外の年賀状は、選挙に関わっての事前運動とみなされて、選挙区内(熊本市北区)の人への発送は禁止されている◆しかしながら、私は、熊本弁で言うところの「ちこらしい」人たちには年賀状を送ることにしている。しかし、自分で、この人には・・・と思っていても、返事が無い時があったり、逆に何故に?と思うような人から年賀状が来たりもする。中には、数十年と会うことも無く、いつの日か再会できるかもしれないと、ただ年賀状だけのやり取りをし続けている人もいる◆時には、議員ということもあり、見知らぬ人から突然、お元気ですか?などの添え書きと共に送られてくることもある。色々なお付き合いの中での年賀状のやり取りをしていて、年賀状って何だろな?ほんとに必要なんかな?などと思う時がある。もう一つは年末年始の挨拶まわりだ。昨年末に会って、「一年間お世話になりました。来年もよろしくお願いいたします」と挨拶をして、年が明けて、ほんの数日後に会って、また、「今年もよろしくお願いいたします」と挨拶する時に、「なんだかな~」と思ってしまう◆「それが日本の文化であり、当然のことだ」と言われればそれまでだが、今でも「ただの社交辞令じゃ~」と思い、どうにもなじめない。議員としての地域の年末年始のあいさつ回りは、コロナ禍もあり、一昨年から主だった人以外の所にはやっていない。ただし、2月以降に開催予定の市政報告会の案内状は、いつものように手渡しで配るつもりだ。「年末年始のあいさつ回りもせんで、そっでよかったいね?」と、誰かに言われそうだが、私自身は、形や儀礼に囚われなくても、日頃の活動を通して「繋がる人は、繋がる」と、信じている。ということで、最後に、年賀状のやり取りも無く、会うこともできない皆様にだけ「今年もどうかよろしくお願いいたします」。

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