« 2020年12月 | トップページ

2021年1月

徒然日記 Vol 487

入浴が週に一回に

 コロナの感染拡大が止まらない。熊本市は、医療現場が崩壊の危機を迎えつつあるとして、1月10日に「医療非常事態宣言」を発令した。その後、熊本県は1月13日に県独自での「緊急事態宣言」を発令した。新規感染者を強力に抑え込むために、1月14日から2月7日までの間「県下全域の飲食店への営業時間の時短要請」「市民への不要不急の外出・移動の自粛」「イベントの開催制限の強化、テレワーク・時差出勤等の推進」等を示した。その宣言から10日間が過ぎたが、感染者は減少しつつあるものの、依然として予断を許さない状況が続く◆人の動きを見れば、市内中心部は閑散としているものの、週末の郊外の大規模店舗等には多くの人が買い物等に訪れていて、緊急事態宣言の効果は上がってはいない。市民病院をはじめ医療や福祉の現場でのクラスターも発生している。そのことにより、現場で働く職員が動けなくなり、市民への医療や福祉のサービスがきちんと提供できない事態が生じている。先日は、知人のKさんから「週一回しかお風呂に入れなくなりました」と、SOSの連絡があった◆Kさんは重度の障害があり、自宅で生活するために食事や排せつ等の介助のために重度訪問介護のサービスを受けていらっしゃる。ところが、入浴サービスを提供していた事業所でクラスターが発生し、担当のヘルパーさんもコロナに感染し、週三回の入浴サービスが不可能となった。代替えとして他の事業所が対応したものの、週一回しか入浴ができなくなってしまった。話を聞いて、すぐに市の担当課ともやり取りをしたが、「その他の介護事業所も慢性的な人出不足の中、Kさんのような重度者の入浴介護にあたるベテランのヘルパーの派遣が困難な状況」として、未だ改善に至っていない◆行政と話をするだけで、解決策が見いだせずに何もできずにいる自分がいて、今、悶々としている。コロナの影響で、非正規の働く人を中心に失業者が増大している。女性や子どもの自殺者も増加傾向だ。コロナは、Kさんをはじめ社会的な弱者の暮らしと命を奪っていく。こんな時だからこそ、医療や福祉の現場が連携して助け合い、きちんと医療や福祉のサービスなどを今まで通りに提供できるようにしなければならない。そして、行政としては、市民の暮らしの実態を把握して、問題の解決を図らなければならない。にしても、Kさんは身体は拭いてもらえたにしても、今度の金曜日までの一週間お風呂に入れない。どうしたらいいのだろう?

| | コメント (0)

徒然日記 Vol 486

増える体重、減る髪の毛

 お正月を迎えるたびに、またひとつ歳を重ねるのかと思うと寂しくなる。今年の11月には68歳になる。鏡を見ながら時折「俺ってこんな顔」と思う。20代の学生時代は、髪の毛を肩まで伸ばし体重は55㌔程度だった。そして、40数年後の今はといえば、髪は30㌫ほど抜け落ち、体重は70キロ台となり、チビハゲデブに。自分でも若かりし頃の写真を見て「別人じゃ」と思ってしまう◆だからといって今さらあの頃には後戻りはできない。この10年間ほど元旦の日の日記には、年間の目標のひとつに必ず「体重〇キロ達成」の文字が書かれてきた。ということは、この10年間、目標が達成できていないということだ◆一昨年は、半年ほどで8キロのダイエットに成功したものの、半年で元の体重に戻ってしまった。年末にはダイエットに効果のあるという錠剤を安く手に入れて一カ月飲み続けた。しかし、先日久しぶりに体重計に乗ってみると、これまでの最高体重を更新◆楽して痩せようなんて、無理な話。ということで、今年は目標を掲げるのをやめることにした。カロリーを抑えて少食に心がけて、運動をすればいいとわかっているのに、何もすることなく増え続ける体重。どうしたものかと思い悩みながらも、このお正月の期間も、これまでの生活が続く。我ながら困ったものだ。

| | コメント (0)

徒然日記 Vol 485

バカバカしくてすみません

 以前も記載したが、皆さんはPARCO出版の「ご教訓カレンダー」なるものをご存じだろうか?格言などの言葉のパロディや言葉遊びが掲載されたカレンダーで、毎年、全国から寄せられた4~5万以上の作品から120作品ぐらいが選ばれる。私の作品も、ずいぶん昔に一回だけ入選し掲載された◆毎年、購入しトイレに置いて、三日に一回めくって作品を読むのを楽しみにしている。今年の正月の三が日の最初の作品は「信じるか新時代かはあなたしだいです」というもの◆私もこの巣ごもりの正月に、いくつか作品を作った。バカバカしい作品だが、恥ずかしながらもご紹介。〇あなたにずっと抱かれてイタイ〇マッチョが売りの少女〇午前零時は、まあ夜中〇弁慶の泣きぼくろ〇たった今、全員の脂肪が確認されました/集団検診〇口先だけの女〇目、クジラを立てる 等々◆まだまだ、いくつかあるが、品の無い下ネタばかりで、掲載できない。ちなみに、2021年の大賞は「オレ、宇宙人って熱帯にいると思う/新説」というもの。コロナ関連では「しない観光/ホテルから出ず」「家に帰ったら、まず手荒い/鬼嫁」とかもあり。ちなみに大賞は20万円。皆さんも応募してはいかが。

| | コメント (0)

徒然日記 Vol 484

未来の人たちのために

 コロナ禍の中、新たな年が始まった。あの熊本地震から、この春で五年となる。そして、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大から、やがて一年となる。私たち熊本に住む者は、100年に一度あるかないかの地震と洪水と、そして未知なるウイルス感染症を経験してきた。現在も、地震と洪水からの復興と、ウイルスとの闘いは続いているが、いずれは、当たり前の生活が戻って来る。私が危惧するのは、10年後、20年後、そして100年後に、忘れられることなく今回の経験がきちんと後世に伝えられて、次なる災禍への備えと対策ができるのか、ということ◆地震の恐怖は今でも身体に染みついているが、次なる地震への対策として、皆が家庭に水や食料等を備蓄しているのかというと、心もとない。そんな時に、高校時代に聞いた、ある先生の話を思い出す。「人類が誕生してから、人間は地震や火山の噴火や津波や洪水などの自然災害やウイルスや戦争などにより、多くの人が亡くなってきた。君たちが今ここにいるのは、君たちの先祖が、そのような様々な災禍を乗り越えてきたからこその、命なのです」という話だ◆当たり前のことのようにも思えるが、私の命も、両親から受け継いだものであり、両親は、その両親から受け継いだ命だ。ある意味、我が身も含めて、よくもここまで生き残ったものだと感心する。だからこそ「命は大切だ」と改めて思い知らされる。だが、私たち人類は、文明の発達と共に、その便利さに慣れてしまって、自然や病気などへの危機意識が低下してしまってはいないだろうか◆例えば、私が子どもの頃は、走っている車が怖くて仕方が無かった。しかし、今の子どもたちは、生まれて来た時から、車があるので慣れてしまって、車の怖さを知らないように思う。車だけでなく、様々な事柄に対して怖がり過ぎるのも考え物だが、私たちは大人の責任として、子や孫に命の大切さと共に、命を守るための知恵をきちんと伝承しなければならないと思う。未だ暗いトンネルの中にいるような日々が続くが、いつかは夜は明ける。絶望することなく、そして、次なる災禍にも備えて生きていかなければと思う、新年の朝だ。

| | コメント (0)

« 2020年12月 | トップページ