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2020年11月

徒然日記 Vol 475

昔の唄を聴きながら

 若い頃から音楽が好きでビートルズから始まり、フォークソングやジャズなどを聴いて来た。近頃は、ジャンルに関わりなく、歌謡曲からクラッシックまで、いいなと思う曲を聴いている。先日、久しぶりに40年ほど前の西岡恭蔵の「ディランにて」というアルバムを聴いた◆名古屋の学生時代に、友人の影響で、はっぴーえんどや友部正人や加川良などの音楽と出会った。そして、いくつものコンサートに出かけた。その中でも、一番好きな歌手が西岡恭蔵だ◆けれども彼のコンサートだけは、聴くことができなかった。奥さんの後を追うように50代で亡くなってしまった。有名な唄では多くの人がカバーしている「プカプカ」がある◆心に染み入るような優しい声で歌われる唄たちは、今でも色褪せない。そんな唄を聴きながら、20代の頃のことが走馬灯のように巡り、なんだか泣きそうになる私なのだ。

 

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徒然日記 Vol 474

銀杏並木で

 先日、早朝から県庁に行ってきた。県の労働組合による総務部長交渉の結果を知らせる、朝ビラ配布の行動に参加してきた。プロムナードの銀杏並木には葉っぱが落ちて、黄色い絨毯が敷かれたようで、美しい。暑かった夏の時期には、ちゃんと冬が来るのか?などと思ったものだが、季節は巡りすっかり「秋」。そしてまた、寒い冬がやってくる。気持ちのいい季節を肌でしっかりと感じながら、朝ビラ配布を終わった.

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◆ルフィー像の前で

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徒然日記 Vol 473

地球の未来は・・

 先日、息子と孫たちが天草まで釣行。クロやエソに交じって、高1の孫が釣り上げたという、30㌢近くの見たこともない珍しい魚を持ち帰ってきた。調べてみると、沖縄以南に生息する「タテスジフエダイ」という魚種。沖縄から1,000キロ近く離れた、この熊本まではるばると、海流に乗り泳いで来たのだろうか?◆早速、県の職員組合のつてで、水産研究所の人に聞いてもらった。回答は、やはり「地球温暖化の影響で、海水温が上昇したことにより、沖縄以南の魚が北上して天草の海にも住みついているようだ」とのことだった。温暖化の影響で寒い北海道でも、お美味しい米が収穫できるようになった。昆虫や動物たちの生息域にも変化が出てきているようだ◆この数年、地球温暖化に対しての危機感が叫ばれ、様々な取り組みが行われてきたが、その効果は未だ上がらない。このままでは100年後には平均気温が4~6℃上昇し、海水面が上昇しいくつかの島が水没すると言われている。それでも、人類は石油と石炭からの新たなエネルギーの転換を図ることもなく、多量なる二酸化炭素の排出を続け、酸素を供給する森林を破壊し続けている◆私たちの子や孫が成人し、家庭を持つ10年、20年後に、この地球はどうなっているのだろうか?いくつかの国や地域で地球暖化対策をしていても、その効果は限られている。世界規模で取り組まないとヤバい。「今から世界規模で取り組んでも、もう間に合わない。地球温暖化に歯止めはかからない」と嘆く学者もいる。南の海からやって来たタテスジフエダイを見ながら、地球の未来を思うと背中が寒くなる。

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徒然日記 Vol 472

花が咲いた

 先日の朝、庭先に置いてある小さな鉢の中の、多肉食物に黄色い小さな花の蕾が。そして、昼前には花が開いた。品種は石のような形と色の「ペブルプランツ・リトープス」というもの。石ころのような図体に、およそ似つかわしくなく咲くその花の可憐で美しいこと。何かしら心安らぐその姿に思わず「ありがとう」と呟く。

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徒然日記 Vol 471

コロナに負けずに

 コロナのせいで地域の様々な行事が中止となった。年末の餅つきや、お正月恒例の無病息災を願うための、どんどやも。皮肉なものだ。議員としても活動も狭められて、四苦八苦している。それでも、先日は四カ所で市政報告会を開催し、14日(土)の午後には後援会総会を開いた◆総会の場所は、葬儀場の玉泉院:武蔵ヶ丘。近くに大勢で入れる会場が無いということで、昨年、報告会と交流会を開催した場所だ。昨年は、皆さん方「葬儀場で?!」という反応だったが、今年は皆さん当たり前のように参列、否、参加◆ありがたいことに、このコロナ禍の中、市政報告会には50名近く、後援会総会には40名以上の参加があった。総会後に交流を兼ねて、食事会をと思ったが、用心のために、今回は見送った◆息苦しい日々は続くけれど、知恵を出しながらできることをコツコツと取り組んでいくしかない。コロナのワクチンもできつつある。来年の今頃には、日本でもワクチン接種が可能となることを願っている。明けない夜は無い。コロナに負けずにガンバロ~。

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徒然日記 Vol 470

男でなくなる?!

 私事で恐縮だが、男性でこれから経験するかもしれない方のために、お知らせしようと思う。先日、前立腺癌の疑いで一日入院して、検査をした。結果は、癌細胞は見つからず、定期的な検査をすることになった。結果だけを書くと、ほんの数行のことだが、検査に至り結果がわかるまでの間、色々なことを経験し、考えさせられた。発端は、9月末の朝から翌日の夜まで血尿が続いたこと◆以前、一回だけ血尿が出てびっくりしたが、きちんと検査しなかった。今回は、心配で近隣の泌尿器科に受診した。結果は、より詳しく検査したほうがいいということで、大きな病院の泌尿器科を紹介してもらった。その病院のMRI検査で前立腺に5ミリほどの腫瘍が見つかり、一日入院しての検査を受けた。その検査はというと、肛門から検査機器を投入し、前立腺に10か所針を打ち込み細胞を取り検査するというものだ。下腹部に麻酔を打ち、手術台の上で脚を広げての検査だった◆目の前にはカーテンがあるものの、意識は有り、検査する人の声も聞こえる。肛門に何かを押し込まれ冷たい感覚を覚えた時に、カーテンの向こうで「たぶん何も感じないはず」の声、そして大きな声で「福永さん何か感じますか?」の問い。「冷たいです」と言うと「感覚があるんですね」と言う。その後、プシュッと言う音と少しの衝撃を肛門内に感じる。今度は「痛くありませんか?」の問い。「痛くない」と答えると「麻酔が効いてる」の声。『麻酔が効いてなかったらどうなるんだ』と不安になる。その後、9回の打ち込み。屈辱的な姿で手術台に乗る私の目の前のカーテン越しでは、検査をする人たちの私語が。「今年の夏は何処も行けんかった」「俺も」など◆「こら~真面目にしょっとか~」と叫びたくなった。血尿が出て、検査に至るまでの一カ月間、癌を心配して、前立腺癌の手術内容や後遺症等を詳しく調べた。前立腺癌が見つかると、ステージにもよるが、ほとんどが外科的な手術を行い、用心のために全部摘出する。全摘すると、「男性としての機能を失う」とあった。ある意味で、男でなくなってしまうのだ。ショックだった。検査結果を聞く日までは、癌が見つかり、他に転移していないかの検査があるものと覚悟していたので、経過を見ることになり、ホッとしたものだ。しかし、将来、癌になる可能性は残っている。用心しなければならない。ちなみに、「癌の疑いあり」と言われた日は、昨年、癌で亡くなった弟の命日の前日だった。命日の日に、墓前に花を添えて『あなた(弟)の分まで生きるつもりだったけど、もしかしたら早めにそっちに行くかも』と報告したものだ。

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徒然日記 Vol 469

頭が良いのか悪いのか・・・

 私には孫が二人いる。上の子は、高校一年生の男子。この子は、今は頑張っているが、中学時代は勉強が嫌いでクラスではビリに近かった。そんな孫が、先日、テストが終わって帰って来てから一言。「今日は歯ごたえがあったバイ」と・・・。「手ごたえだろうが!」と突っ込みながら、つい笑ってしまった。この前は、釣行の帰りの車の中で、眠気覚ましを兼ねて、ことわざや言葉等をどれだけ知っているかテストをしながら帰った◆驚くことに、私の問う問題のほとんどの意味を知らなかった。知らないのに、適当に答えるその内容が笑える。「『人間万事塞翁が馬』って、どういう意味?」と聞くと、「人間?バンジー?」と聞く。「『背に腹は代えられない』ってどういう意味?」と聞けば、「整形手術でも背中と腹を入れ替えることはできない」と答える。「『燦燦と』と言う言葉を使って例文を作りなさい」と言えば、「雨が燦燦と降り注ぐ」と答える始末だ◆ちなみに別な文字で雨の降る様子を表すが、孫の答えはあてずっぽうなのは確かだ。20問ほどの問いにきちんと答えることができたのは、唯一「矛盾」という言葉の言われ、だけだった。頭が悪いとは思ってはいたが、これほどとは思ってもいなかった◆しかし、いくつかの頓智のきいた答えには、大いに笑ってしまった。親馬鹿ならぬ、爺馬鹿かもしれないが、「頭は悪いが、ある意味で頭がいいのかもしれない」などと思ってしまう。性格は優しく穏やかで、将来はどんな大人になるのか、楽しみでもある。その日は、途中で休憩してしばらく寝ようと思っていたが、孫のおかげで眠くなることなく真っすぐ家に帰ることができた。

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徒然日記 Vol 468

久しぶりの市政報告会

 10月31日(土)の一日、4カ所で一年ぶりの市政報告会を開いた。コロナ禍の中、春以降に何回も日程を作ろうとしたが、警戒レベルが落ち着かずに開催に至らなかった◆当日は、4カ所の会場に延べ50名近くの方々に参加していただいた。皆さん、会場で顔を合わせるなり「お久しぶり」「生きとったな」とかの会話。ほとんどの人たちが一年ぶりの再会だった◆今回の日程を決めてすぐに、コロナの警報レベルが最高になって心配したものの、先日の警報レベルの見直しにより、5段階中の2となったことで、思ったよりも参加が多くて安心した◆私の報告を熱心に聞いていただき、いくつかの意見や要望も出していただいた。支持者の方々があっての議員であることを、改めて知ることができた。そして、今後も、コロナに負けずに頑張らなければと、元気をもらった報告会だった。

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徒然日記 Vol 467

コロナ後は・・・

 コロナのせいで私たちの暮らしの在り様は大きく変わってしまった。いずれは、終息するするはずだが、コロナ後の世界はどうなっているのだろうか?元の暮らしに戻れるのだろうか?今後、世界規模での経済への悪影響に加えて、私たちの暮らしに関わっての今後の影響も懸念される。例えば「マスクの着用は当たり前」「人との対話は横を向いて」「握手はしない」「大人数での飲み会や集会の自粛」などが、コロナ後も当たり前になってしまうかもしれない◆ちなみに、コロナの影響で将来への不安のために、今年、妊娠する人が大幅に減少した、との報道があった。夫婦間だけでなくて、相対的に人との接触を恐れて、人間関係がますます希薄になっていくのではないかと思う。地域にあっては自治会等での主催の行事の、夏祭りや、秋祭り、スポーツのイベント、もちつき等、ほとんどが中止となった。私の町内では、月一回の夜の安全パトロールと、資源物回収の活動だけは実施している◆パトロールでは、5~6名で三つのグループに分かれ拍子木を叩きながら、町内を30分ほどパトロールする。すでに、40年近く続いている活動だ。先月のパトロールの日に、50代の男性が「夜の拍子木はうるさいから止めたほうがいいのでは?」と提案があった。パトロールに来ていた人たちのほとんどが、唖然とした。拍子木の役割は、拍子木を叩くことによって、その音で、家の中にいる人たちに、防犯や防災への注意を促すことができる、というものだ。拍子木を叩かずに、ライトを持って歩くのであれば、屋内の人には何も伝わらない◆コロナのせいで、無病息災を願うための来年のお正月の「どんどや」も中止になってしまった。地域の行事が無いのが当たり前になってきたこの頃、今後、地域の活動が停滞しはしないか、良き伝統文化としての様々な行事が無くなりはしないか、その事により、人と人の交流が減少し、人間関係としての隣人や友達との関係や男女間の恋愛などにも悪しき影響が出るのではないか、などと心配している。先の見えないコロナ禍の中、杞憂に終わることを願うばかりだ。

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