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2020年9月

徒然日記 Vol 459

自助・共助・公助って

 私たちは熊本地震を経験し、行政だけでは、市民の命や暮らしを守ることができないことを知った。以後、自助・共助・公助としての、市民・地域・行政による災害対応が求められている。その取り組みの一環として、災害時に誰かの助けが無ければ移動できない方や見守りが必要な人を把握し、災害時要援護者名簿(13年前からの制度発足)を作成し、地域の自治会民生児童委員などに配布している。また、地震以降、地域と行政との連携を強化し災害に備える組織として「校区防災連絡会」の立ち上げに取り組み、現在、9割以上の校区に設立が進んでいる◆しかしながら、校区防災連絡会には名簿の配布はなく、地域の実態はと言えば、名簿の活用もなく、組織的な動きがきちんとできていないのが現状だ。特に、今回の台風10号の襲来に伴い150か所の避難所が開設されたものの、自治会長と民生児童委員の代表には「避難所運営は行政が行いますので、地域での活動はいらない」という趣旨で連絡があり、地域での組織的な動きは少なかった◆私は、校区の防災連絡会の会長だが行政からは全く連絡がなく、校区防災連絡会としても事前の対策会議も開かなった。ただし、議員として防災連絡会の会長として、避難所が開設された日の午前中と午後に近隣の6校区の指定避難所(小中学校)を見て回った。その中の一カ所だけが、自治会と民生児童委員で、名簿等を活用し、避難所に行けない人たちを車で運んだり、見守り等の活動をされていた。市内五つの区では、南区だけが、海岸沿いでの高潮の被害の恐れありとして、地域の協力を呼びかけ、組織的に動いた地域が数多くあったようだ。しかし、その他の地域のほとんどが自助と公助のみで、「災害時に助けてください」という人たちの名簿があり、「有事の際は、避難の誘導や移動の補助や見守りをする」組織がありながら、共助としての地域の活動がなかった。地震の時には、ほとんどの地域が行政の支持が無くとも、民生児童委員や自治会の役員が、安否確認から始まり、様々な支援活動ができた◆しかし、台風ということで、市内全域は地震の時のように動かなかったのが実態だ。今回の台風は、事前情報として過去に経験したことが無いような巨大な台風で、甚大な被害が予想されていた。何事もなく、台風は勢力を弱めて過ぎ去ったものの、避難所150か所には高齢者を中心に一万人以上が避難した。先の議会の質疑の中で、今回の件を質問したところ、執行部として「これまで通り、行政主体での対応に終わった、今後、地域との連携も含めてマニュアル等の見直しを行う」の答えが返ってきた。私が代表である、防災連絡会の役割もきちんと見直して、今後はリーダーシップを発揮して、自治会や民生児童委員の方々と連携し、災害弱者を助けるシステムを作っていきたいと思う。

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徒然日記 Vol 458

中学校で防災の話

 先日、武蔵中学校の要請で、地域の防災の取り組みを3年生の代表にレクチャーしてくれ、ということで、防災委員会の代表としての私と、自治会長、民生児童委員の代表の3人で話をしてきた。3年生の10名を相手に、私がまとめた地域の防災の組織や取り組みなどを説明した。説明の中には、今回の台風10号対策として行政も地域も的確な取り組みができなかったことも伝えた◆説明の後、子どもたちから「避難生活が長期になった人たちへの健康対策はどうされましたか」「ボランティアの人たちの活動は、どんな人たちのどんな内容でしたか」などの質問があった。回答として、健康対策は、北区の保健師さんの定期的な見守り活動があったこと、ボランティアは、地域のスポーツ施設などからのマッサージや子どもたちの見守りがあったこと、自治会の役員のOBが毎日コミセンに避難している高齢者のお世話をしていただいたこと、などを報告した◆説明の最後には、中学生の皆さんへの項目を設けて、お願いをした。内容は「地震の記憶と記録を忘れず、他県の人や子や孫へきちんと伝えてほしい」「自助の取り組みとして何が必要か考えてほしい」「共助の取り組みとして今後何ができるのか考えてほしい」等◆子どもたちからは、きちんとした内容の答えは無かったが、今回を契機に、今後、今からできることなど色々と考えてくれたらいいと思う。私たちは後10年もすれば、この世にいないかもしれない。中学生は、10年後は25歳だ。できれば、この熊本に残って、この地域の力になってくれることを切に願って、レクチャーは終わった。

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徒然日記 Vol 457

「ソーシャルディスタンスだ」

 14年ほど前に菊陽町の学童で2年近く働いた。先日、その学童で当時から働いている先生から、木工の注文が入った。内容は、「子どもたちのおやつの時間ではマスクを外すので、アクリル板を立ててコロナの感染防止をしたい。アクリル板は買ってあるので立てるための台座を作ってほしい」というもの◆注文は、25脚。材料を買い、時間を見つけて加工し組み立て、塗料を塗って、出来上がった。工賃含めて1脚400円以下で納品した。納品の日、1脚だけテーブルの上にアクリル板を立ててみた◆近くにいた小学校二年生の男子が「それなあに?」と聞いた。「なんだと思う?」と聞くと、すかさず「ソーシャルディスタンスだ」と答えた。熊本市の学童は、一人当たりのスペースが学校の教室に比べれば狭くて、より一層の三密対策が必要だ◆ソーシャルディスタンス含めて、新たな暮らしの有りようは、子どもたちにもきちんと浸透しているようだ。にしても、以前の当たり前の生活を取り戻し、アクリル板の仕切りが無くても、楽しくおやつが食べられるような時が、早く来ることを願うばかりだ。

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徒然日記 Vol 456

青空にゴーヤ

 庭にいくつもプランターを並べて、花や野菜を育てている。野菜は、キュウリやカボチャやトマトなど。今年は、日照不足のせいか、キュウリもトマトも実が少なく、小さかった。かぼちゃは、ずっと雄花しか咲かず、とうとう実がならなかった◆そんな中、去年植えたゴーヤの実から落ちた種から一株が大きく育ち、これまでに10本以上収穫した。台風が通過した後も、フェンスに、そして洗濯用のロープにぶら下がったゴーヤたちは、今もすくすくと逞しく育っている◆苗を買ってきて育てた野菜はほとんど育たずに、思いがけずに芽を出し大きく育ったゴーヤ。その実を収穫するたびに嬉しい反面、皮肉なものと思ってしまう◆小さな種から芽を出して、土から栄養を取り込み、光を浴びて成長して実をつけて、私たちの命を繋いでくれる植物たち。青空に揺れるゴーヤを見ながら、その逞しさを見習わなければと、思う。

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徒然日記 Vol 455

祈りは・・・

 台風10号は、夜中に熊本の西を通り過ぎて長崎に上陸し、朝鮮半島に向かい、昼には九州は暴風域から外れた。台風は九州に近づくにつれて、進路を西側に、そして勢力を落としたようで、風も雨も思ったよりもひどくはなかった。それでも、夜中に吹きすさぶ風の音を聞きながら、不安な一夜を過ごした。死者は鹿児島県で2名で、九州では大きな被害もなかった◆日曜日には、午前と午後の二回、近隣の総合出張所や小中学校の避難所を見て回った。総合出張所には70名程度、小中学校10個所では、平均10名程度で、多い所で20名程度の避難者だった。翌日の月曜日の昼から、台風が通り過ぎた街中を車を走らせ見て回ったが、枯れ葉やゴミが散乱している程度だった。どんなに事前に用心をしても、台風のたびに必ず幾人かの人たちが亡くなる。生き延びた者として、ホッとしながらも、その不条理なるものに心が痛くなる◆先週の時点では、台風後の災害対策で、今日からの議会の質問は無くなるのではと思われたが、日程通り開かれた。熊本市が開設した150か所の避難所には1万人以上の市民が避難した。新しい動きとして、近隣のホテルへの避難者が増加した。大規模の駐車場が、車の避難所として活用された。気象庁の今回の台風の危機を伝える情報により、多くの市民が、事前の準備等含めて災害に備えた◆特に印象に残る情報として「過去に経験したことのない規模の台風」と「命を守る最大限の行動を」いう言葉だ。幸いにも、祈りが通じたように、進路が変わり勢力を弱めたことで大事には至らなかった。台風10号のおかげで、市民の災害に対する意識が高まり、行動に変化が生まれたように感じる。今後、また、いつかやって来る台風に備えて、今回の災害対応を教訓にしなければならないと思う。

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徒然日記 Vol 454

熊本大変 

 台風9号が通り過ぎホッとする間もなく、今度は台風10号が、またもや九州に接近している。今回の台風は、かつてない想像を絶する特別級の台風のようだ。私が過去経験した台風で、特に印象に残っているのが、1991年9月27日の台風19号だ。台風19号は九州の西側を通過し、佐世保市に上陸し、その後、東北地方を縦断し北海道まで北上した◆熊本でも夕方から4~50メートルの強風が吹き荒れ、瓦や看板が木の葉のように空を舞っていたのを覚えている。全国で死者行方不明者が62名、家屋の損壊が17万世帯以上の被害が出た。当時勤務していた肥後学園では、事務所や子どもたちの居室の窓が破れたりした。自宅もベランダが吹き飛んだ。今回の10号は、19号の進路と似ていて、なおかつ、勢力は19号以上だ。レーダーに写るその雨雲の巨大さには、気が遠くなるほどだ◆日曜日の夜中に九州に最接近する見込みで、気象庁は「早めの対策と最大限の命を守る行動を」と呼び掛けている。熊本市としても、日曜日の朝から月曜日まで、市内の小中学校の体育館等145ヵ所を避難所として開放し、避難所担当職員や保健所の職員等700名以上が対応する。月曜日は、小中学校は休校、市役所も窓口を閉鎖する。わが家も含めて多くの市民が水や食料を蓄え、電池やタンクやロープなどを購入し台風に備えている◆台風は勢力を保ち、進路を変えることなく、ジワジワと九州に近づいている。熊本は、4年前の熊本地震、そしてコロナに熊本豪雨災害と続き、今回の台風だ。熊本は他県に比べて、次々と災害が続き大変な状況だ。特に7月の豪雨災害から、やっと家屋の片付けも一段落し、橋や道路の復旧が進んでいる人吉や八代の地域の人たちにとっては、休む間もなく追い打ちをかけるかのような、今回の台風襲来だ。自然の猛威にさらされる私たち。熊本だけでなく犠牲者が出ないことを、甚大な被害が広がらないことを、ただただ祈るばかりだ。

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