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徒然日記 Vol 440

災害は忘れる暇なく、やって来る

 熊本県内の南部を襲った豪雨により、多くの死者と行方不明者が出た。特に人吉を中心に道路が寸断され、電気も水道も止まり、孤立している地域が数多くある。県外の友人の多くから心配して電話をくれた。私も県内の知人たちの安否を確認した。幾人かの人たちが床上浸水の被害にあっていた。雨がやんだら片づけのボランティアに行こうと思っているが、まだ雨はやまない。議員になって9年目。この間、2012年の九州北部豪雨災害、2016年の熊本地震、2018年の九州北部豪雨災害と、災害が続き、多くの尊い人命が奪われた。そして、今回の豪雨でも50名以上の方々が亡くなった◆「災害は忘れた頃にやって来る」と言われるが、この熊本では、忘れる暇もなく災害が続く。そして、いずれの災害も規模や内容が、過去の事例以上の、これまでに経験したことが無い、人知を超えたものだ。今回のマスコミの報道でも、「行政としての対応には限界があり、住民の命を守れない予測不能の事態となった。自分たちの命は自分たちで守るしかない、命を守る行動を」と呼び掛けている。テレビの取材で、「この土地に住み60年になるが、こんな豪雨は初めてだ」「あっという間に水が溢れてきて、人を助ける余裕などなかった」などと、話をされていた◆2012年の九州北部豪雨の時は、近くを流れる白川が溢れ、龍田地域の住宅の多くが浸水した。以後、国により河川の深堀や拡幅等の改修が進められた。しかし、今回の豪雨では、上流域が危険水位まで達した。今回、人吉を流れる球磨川や支流の数カ所が決壊し被害を広げたことで、中止された川辺川ダム建設の議論が起きている。人類は長きにわたって自然の脅威にさらされながらも、生き延びてきた。人は本来、危険を察知し、危険を回避する力を持っている。しかしながら、最近の災害は予測不能の想像を絶するすさまじさだ。そういった意味では、ダム建設だけで次なる災害を防ぐことは、困難だと思う◆テレビの向こうで、球磨川の近くに住み、自宅の二階近くまで水が来て被災された男性が「このままこの場所に住み続けるべきか迷っている。どうしたものか」と話をされていた。コロナ禍から、やっと立ち上がり再開したばかりの旅館や飲食店の多くが被災した。老舗の旅館の社長が「温泉の源泉もやられてしまった。再開できるか見通せない」と話をされていた。その方たちの苦悩の表情が忘れられない。まずは、現状の把握と対策が先決だ。そして、今後、国や県の適切な支援がなければ、街が暮らしが壊れてしまう。

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