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2020年3月

徒然日記 Vol 415

懐かしき日々

   春は出会いと別れの季節。そして、新聞には、県や市の職員の異動や退職者の名前が。かつて、私が県の職員組合の書記長時代に、組合活動を一緒にした仲間の人や、当時、人事課の組織や給与の担当だった人たち等が、退職されたり、課長や部長になったりしていて、感慨深い。私が書記長になったのは、1997年で9年間務めた。あれから23年が過ぎた◆当時は、公務員に厳しい時代で、給与のカットや人員削減等があり、人事課とのやりとりや、総務部長交渉等、相当なエネルギーを費やしたものだ。特に思い出すのが、給与カットの提案を受けての最大の山場の総務部長交渉の日に、交渉前に県庁プロムナードに集まってくれた1500人の県内の自治労の仲間(市町村で働く組合員)の前で、情勢報告をしたことだ◆マスコミも来て、テレビカメラも並び、それほどの多くの人の前で、話をしたことがなく、緊張した。集会の後、総務部長交渉が始まるその前に、突然、胃袋を鷲掴みにされるような痛みが走った。県庁内の医務室に飛び込み、事情を話して胃薬をもらって交渉に挑んだ。我が人生で、あれほどの緊張感を味わったことはない。その後も、様々な事があり、身も心もすり減らして、53歳で書記長の職を辞した◆そのまま頑張っていたならば、きっとこの世にはいない。たとえ生き残っていたにしても、抜け殻のようになっていただろう。その後、市議になり、この春には丸9年となる。県職員労働組合の書記長時代、そして市議として、一番忙しく過ごした熊本地震後を乗り越えて来て、今がある。桜が雨に打たれて散り始めた今日、辛くとも懐かしき日々を思いながら、また、前を向いて歩いて行かなければ、などと思う。

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徒然日記 Vol 414

季節を乗り越えて

 世界は今、コロナ禍で大変な状況だ。しかし、それでも、季節はめぐり春がやって来た。至る所で、梅やコブシの花が咲き、そして、桜のつぼみが膨らみ始めた。我が家の庭のレンギョウやスミレも一年振りに花を咲かせた。小さな花だからこそ、「よくぞ、また咲いてくれた」と、なおいっそう嬉しくもあり、心が丸くなり、癒される。世界の人たち全てが、コロナの収束が見通せずに、先行きの不安を抱えて暮らしている。しかし、人類は、これまでも、幾多の災禍を乗り越えて生き延びて来たのだ。明けない夜はない、という。希望を捨てずに、季節を乗り越えて花を咲かせる植物を見習って淡々と生きなければ、と思う。

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徒然日記 Vol 413

また、旅に出るために

 このブログ、月に3~5本のペースで色々と書いてきた。ふと、気になっていつから書き始めて、トータル何本書いてきたのか調べた。書き始めは、2007年の10月6日からで、50日間・一万キロの北海道までの一人旅の記録から始まり、その後、学童で働いていた頃のこと、そして徒然日記など含めて、今回で493本目のコラムを書いてきた◆自分でも、時折、昔のブログを開いて読んだりしている。特に北海道までの旅のコラムを読めば、その時の雄大な景色とともに、吹く風やラベンダーの花の香り等がよみがえり、懐かしい気分にさせてくれる。あれから10数年が過ぎた。北海道をめざして、北へ北へ旅をして、最北端の宗谷岬に立った時には、まさか議員になるなど思ってもみなかったこと◆この間、ずーっと、いつかはまた北海道をめざして旅に出たい、と思って生きてきた。あと三年もすれば70歳。もう一期、議員をめざして当選することができたら、引退は73歳。その時に、また、車のハンドルを握ることができるのだろうか?連れ合いは一緒に付いていってくれるだろうか?◆ふと、松尾芭蕉の「旅に病んで 夢は枯野を かけ廻る」の俳句が頭に浮かぶ。懐かしきは、キタキツネ、急流に遊ぶカモメたち、遥かかなたの島の向こうに沈む夕陽、一面紫のラベンダーの畑、サクランボ、ソフトクリーム、銀色のオショロコマ、温泉・・・・。また旅に出るために、もうしばらくは病気をせずに、元気にしていたいものだ。

 

 

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徒然日記 Vol 412

「ありがとう」の言葉が・・

   昨年末から、今年にかけて、樹木と土地に関しての相談を五件受けた。何れも直ぐに行政に繋いだものの、予算等の事情により時間がかかり、未だ改善に至ってはいない。そのうちの土地の境界に関わる一件が、やっと相談者の要望に沿って前に転び始めた。昨年10月に行政の担当者を交えて、話を伺い、先日、今後の方針が決まり、予算化して具体化に向け動き出した。しかし、何故か喜べない◆というのも、相談をした方が、職員の説明の後に「あなたの最初の対応が悪かったから、こんなに時間がかかった」「議員(私のこと)がいなければ何もしなかったのでしょう」などと、職員を非難・罵倒し、職員は幾度も「すみませんでした」と頭を下げていたから。そして、相談者の口からは、一言も感謝の言葉が無かったから。今回の事案は、市としての大きな瑕疵は無かったものの、誠意を持っての対応の結果だと思っている。私が仲介しなくても、時間はかかったかもしれないが、同じ対応を行政として実行されたであろうと思う◆「私の主張が正しかった」「私は、あなた達より家・土地・税金などに詳しい」と、言われるその人の姿を見ながら「僕は一体、何のために何をしているんだろう」と、砂を噛むような気分になってしまった。今回の件だけではなく、これまでの市民の相談や要望は、ご自分の土地や近くの歩道や樹木や公園等に関することが多い。切実な要望もあるが、時には、ワガママだとしか言えない事柄もある。「行政に任せるのではなく、皆んなでできることですよ」「もっとお困りの方がたくさんいるんですよ。我慢してください」などとは言えずに、対応する自分がいる◆もっと優しく寄り添う心で目を凝らして見回せば、困っている人のために、改善しなければならない多くの物事が見えてくるはずなのに、我が事ばかりのこと、ほんの身の回りのことしか見えない人達がいる。市の職員も私も、やって当たり前のことを、日々がんばって誠意を持って取り組んでいる。今回の相談者は話が終わって、私にも何も言わずに、そそくさと帰られた。最後まで、頭を下げることを知らない人だった。でも、やっぱり、頑張ってる私たちに「ありがとうございました」のひとつの言葉ぐらいは、言ってほしかったものだ。

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徒然日記 Vol 411



その場しのぎと後追いの政治

   国は、一斉休校に伴って、中高生以外の子どものために仕事を休む保護者に、正規・非正規に関わらず日額最大8330円を支給することを決定した。一斉休校の目的や効果も不明確な中での、安倍首相の今回のその場しのぎの判断。そして今回の後追いの施策。学校は休みながらも、学童は開所し、狭い部屋で多くの子供たちがこの2週間以上を、過ごす。国は、学童の環境を整えるために、教室や体育館の解放や、教職員の援助を、指示。熊本市の学童には、先週には、石鹸やマスクの配給があった◆その対応は間違いではないが、国としてやるべきことは、先ずは、罹患率・死亡率の高い高齢者への具体的な対策だ。医療関連はともかく、福祉関連施設等の現場では、消毒薬やマスクが底を尽きつつあるのが実態だ。そのような中、熊本市は、コロナ対策として、緊急に17億円の補正予算を計上し、経済対策、感染拡大の防止等に取り組む。その中に、「職員及び来庁者等の感染予防」として、マスク等の配布に5000万円の予算の項目が記載されている◆昨日は、会派の市民連合として副市長に福祉関連施設等の実態を知らせ、「今後、市として実態を調査し、必要な所に消毒液やマスクの配布を行うこと」「職員や来庁者ではなく、市民、特に高齢者を最優先すべき」と、申し入れた。しかし、市の保管するマスクの在庫は4万枚しかなく、4千人に10枚ずつ配布すれば無くなってしまう。今後、学童や高齢者関連施設等でのコロナウイルス感染がないことを祈るばかりだ。この、二週間ほどが感染阻止の山場。行政の的確で早急なる対応が望まれる。にしても、その場しのぎと後追いの政治により、自治体職員も、保護者も、そして何より子どもたちなど多くの人の仕事や暮らしに大きな影響が出ている◆不安に駆られて、デマに踊らされて買いだめする人たちがいて、マスクや消毒薬だけでなくトイレットペーパーやゴミ袋などが、市場から消えている。多くの人が外出を控えて、街中を出歩く人もめっきり少なくなった。ホテルの宿泊も激減。夜の飲み屋も閑散としている。地域の集まりも無くなり、子どもたちの遊ぶ声も聞こえない。私の手帳も、議会の予算関連以外の日程のほとんどに斜線が引かれた。今後、日本が、このコロナ危機を乗り越えて、夏のオリンピックが無事に開催されたにしても、コロナウイルスが広がった諸外国からの観光客は大幅に減少するだろう。そして、その後の経済は、日本だけではなく、世界規模で大きく冷え込むことだろう。その前に、今こそ、きちんとした国の政治が行われなければ、私たちの暮らしは、きっと壊れてしまう。

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