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徒然日記 Vol 402

哀しいことがありました

  誰しも、長く生きれば生きるほど、楽しいことがたくさんあるものの、哀しい出来事も、いくつも訪れる。楽しいことは、すぐに忘れてしまうが、哀しい出来事は、心の何処かに滓のように淀んでいて、時折、不意に心の水面に浮かび上がり、気持ちを暗い所まで深く沈めてしまう。私の自宅の仏壇には、今、小さな骨壺が納められている。私事ながら、私は三人兄弟の長男。二男は、15年前に亡くなり、三男は、つい先日に亡くなってしまった。骨壺には、その亡くなった弟の分骨した骨が収まっている◆彼は長い間、癌と向き合い生きてきたが、とうとう逝ってしまった。いずれはと覚悟していたものの、この喪失感・絶望感・焦燥感というのか、なんとも表現できない、やり切れない哀しさに打ちのめされそうになる。しかし、 私の母は夫(私の父親)を20代の時に亡くし、そして、息子二人を亡くした。その哀しみは、私以上であり計り知れないものがあるだろう。弟は、亡くなる前に私に「兄貴、永いこと人のためにがんばってきたけど、そろそろ自分のための人生を考えたら」と、言ってくれた◆その言葉が重く響いたものの、そういう彼こそ癌になる前は、仕事一筋の人間だった。しかし彼は、四年前に癌の宣告を受けて、人生を見つめ直し、一番大切なものは友人や知人や子ども、そして妻であることを再認識した。そして、入退院を繰り返しながらも、仕事をして、動ける時は、家のリフォームや庭仕事や家族との食事、私たちとの旅行や、懐かしい友人たちとも再会し、葬儀の準備、遺言書づくり、墓や仏壇の購入などの終活をしてきた。哀しくもあり、そして、笑ってしまったのは、葬儀の時に流す音楽も4曲ほど、CDに録音してあったことだ◆死を覚悟し、癌と闘うのではなく、その時その時の癌の症状に対応する最善の治療を選択しながら、その状況をありのままに受け入れ向き合って、精一杯生きて死んでいった。 我が弟ながら、心の底から感心してしまう。そして、彼に寄り添い支えてくれた、家族の義妹や甥っ子たち、会社の仲間や友人等に感謝しなければならない。61歳の弟は、晴れ渡った10月のある日の昼前に、緩和ケアの病棟のベッドで、妻と母と私がいる時に眠るように静かに息を引き取った。お通夜と告別式をすませ、私は、彼の骨を小さな骨壷に入れて、熊本に持ち帰った。哀しいことがありました。でも、人の命や人生の儚さとともに、その大切さを教えられた四年間だった。この先、哀しさを乗り越えて、残された人生を、毎日を、悔い無くシッカリと生きるのが、僕たち生きとし者の役割だと思う。肩の力を抜いて、ファイト〜!

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