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2018年11月

徒然日記 Vol 374

認め合う社会って?
   先日、東京での研修があった。帰りのJRの列車内でビックリすることがあった。私は席に座り、アイパッドを触っていた。隣でスマホでゲームをしていたサラリーマン風の息子ほど(30代)の青年が、突然、大きく甲高い声でサイレンのように「う〜〜」と叫んだ■静かな車内での、その突然の奇声に、私は飛び上がるほど驚いた。しかし、多分、発達障害の方だろうと、そのまま座っていた。そして、二度目の「う〜〜」の声。それでも、私を含めて、その他の乗客も、何事も無かったのようにしていた。ただそれだけの事。私は、よほど彼に「大丈夫?」とか、「どうしたの?」とか、声をかけようと思ったが、やめた■きっと、ゲームに熱中するあまり、心の声が、表に出てしまったのだろう。下車するときに、彼の顔を見ると、落ち着いた表情で目を見開き前を見ていた。私は、彼のそんな姿よりも、より一層気になったのは、乗客の人たちの反応の無さだ。熊本だったら、一斉に彼を見つめ、近くの席にいた人は席を立ったかもしれない。きっと東京には、色んな人がいて、それらの様々な人の言動に対しての耐性が、東京の人にはあるのかもしれない■それとも、驚いていても、平静を装うことが上手いだけのことかもしれない。今でも彼の「う〜〜」という声と、反応の無い乗客の姿が忘れられない。異質なものを、人を、受け入れ認めるという寛容さなのか?異質なものを、人を、受け入れることなく、無視するという無関心さなのか?気になるところだ。お互いを認め合う社会って一体どんな社会なんだろう?そう思った数分の出来事だった。

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