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徒然日記 Vol 345

もう二年まだ二年

 あの震災から、二年が過ぎた。早かったのか、遅かったのか、つい昨日のことように思えたり、ずっと昔のことのように思えたり、複雑な心境だ。本震のあった日から三日後だったろうか?朝から、龍田のもえぎ台という団地に住まいの小野さんという方から私の市議会だよりに書かれた電話番号を見て連絡が入り、「家の横の地盤が緩み穴が開いている、近隣の家も家が傾き、家の前の擁壁が壊れないか心配だ」と連絡が入った■早速、現場に走り、小野さんに会い状況を確認した。余震が続き、雨が降れば、擁壁自体も崩壊し、土砂災害の危険もあるかと思われた。すぐに、北区の担当に電話で話をした。ところが、対応した職員が「そこを走る道路は公道ですか?私道ですか?」と聞く。2012年7月の九州北部豪雨災害時にも、市の職員に同じような対応をされ、憤慨したものだ■豪雨災害時も、今回の震災後も、後々、災害救助法の適用を受けた。議会でも、「災害救助法の適用を受ければ、市民の命を守るためには、公道・私道の区別なく、市としての地域への対応をしなければならない」「市としては、災害救助法適用の前から、被災時には災害の規模や状況を見て判断し、法の適用を前提とした対応をすべき」と幾度となく訴えて来た。震災後のあの日も、担当者に、そのことを伝え、「今後、市民の命が奪われることがあれば、市の責任が問われますよ」と言って電話を切った■その後、午後になって、小野さんから連絡があり、市の職員が来てブルーシートをかけて帰って行ったと、連絡があった。以後、議会で、その他の地域も含めて、がけ崩れや液状化の土地への緊急な安全対策の必要性を幾度となく、訴えて来た。あれから二年。地域の声を市に繋ぎ、市は国に要望し、私の仲間の西県議に繋ぎ、野党の複数の国会議員にも現地を見てもらい、国への要望を行ってもらった。以後、国も東日本大震災時での対応要件を緩和し、公共事業としての、がけ崩れや液状化対策の予算がつくこととなった。先日、工事が始まったと聞いて、小野さんの家の周辺含めて現場に行ってきた。小野さんの自宅前や、近隣の擁壁には足場が組まれ、いずれ杭を打ち込み、10月初旬までには擁壁の補強工事が完了するという。大きな足場を見ながら、小野さんと二人で「やっとここまで来ましたね。あとは地震が来ないことを祈るばかりですね」と確認し合った。あれからもう二年、まだ二年。真の意味での復興は、道半ばなり。

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Asiba

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