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徒然日記 Vol 284

心を育み人を育てる

 被災当初に近隣で起こった二つの出来事が、今でも私の心に魚の小骨のように刺さっている。ひとつは、心臓にペースメーカーをつけた娘さんが、車いすの高齢のお母さんを連れて近くの集会所に助けを求めた時に、入り口で「あなたは町内が違うからここには入られん」と言われて、避難を断られたこと。幸い私にその話が聞こえて、私の車で私の校区の武蔵コミセンに連れて行くことができて、5日後に弟さんが迎えに来て、帰宅された。もう一つの出来事は、ある小学校に避難した知的障害者の青年が、その場所で落ち着かないので、違う小学校に避難した。その場所でも、落ち着くことができず、最初の小学校に行ったけれど、受付の人に「あなたの入れる場所はもうありません」と言われて、避難を断られたこと。この青年とは夜から翌日の夕方まで私と一緒に過ごして後、やっと福祉避難所に行くことができた■車いすの親子も、そして知的障害の青年も、私がいなかったらば、どうなっていたのだろうか?こうした事柄は、色々な所で相当数あったようだ。震災時に困った人たちを助けなかった人たちがいる。その根っこにある物は何だろう?「被災者に寄り添う」「差別と偏見を無くそう」などと言葉にすることは、簡単だ。ではどうしたらいいのだろうか?「相手の身になって考えよう」「一人ひとりを認め合おう」「自分がされて嫌なことはしない」などの言葉が頭に浮かぶ■先日、6年生の孫が友だちとトラブって、腹に膝蹴りをされて、おちんちんから血が出た。病院に行き治療を受けるも、オシッコをするたびに「痛い痛い」と言って泣いていた。夜には、自宅に校長と担任と父親が来て、謝罪があった。膝蹴りをした子は、過去にも何回か孫に暴力を振るってきた。そのたびに、その子も「ごめんなさい」と謝った。これ以上エスカレートしないようにと、連れ合いも息子も「親と子と担任を入れて話し合おう」と孫に提案した。ところが孫は「子ども同士のことだから大人はかまわないで」「そんなことしたら彼がまた、叱られるだけ」「僕は彼と本当の友達になりたい」と答えた■その話を聞いてその夜、孫と話をした。彼曰く「僕も彼も、よくいじめられるとタイ。いじめられたからといって、僕が誰かをいじめたら、イジメはなくならない。僕が我慢すればいいんよ」と言う。思わず彼を拝んでしまった。人に対しての優しさや思いやる心は何処からやって来るのだろうか?それは、道徳教育とかだけで育つものではないだろう。大人でさえ、その心を失くしているこの世の中。泣き虫だけれども、心優しき孫の言葉は、その大人たちの心には、きっと響かない。私の看板には「心を育み人を育てる」と書いてある。大人には見切りをつけて、子どもたちに未来を託すしかないのかもしれない。

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