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徒然日記 Vol 265

奇跡の軌跡  Vol 3

  パーテーションづくりのための段ボールを調達してくれたOさんは、その後も、水や米等の食材等をどっからか集めて来て、コミセン等の避難所に提供してくれた。後日、Oさんの関係でダンボール会社の担当者と繋がり、話をして市に働きかけて窓口ができた。それ以降、会社を通して無料でパーテーション用のダンボールやダンボールベッドの提供が幅広くできるようになった■今回の震災では、Oさんをはじめ多くの人たちが、避難者に寄り添い、気遣い、ボランティアで活動された。コミセンでは、避難者のために食事を作ったり、高齢者のお世話をしたり、トイレ用の水を確保するための水汲みなどで動いていただいた。飲み水が不足する頃に、私の向かいのWさんが知り合いの井戸水を提供してくれた。5月に入り、家族が疲れきった頃には、私の弟も甥っ子と二人で埼玉から駆けつけてくれた■その後も、大学時代の友人が神戸からと茨城からと次々に来てくれた。中学時代の友人や、武蔵小の避難所に救援物資を届けてくれた岐阜のNさんからは、避難者にと、ジュースや電池や簡易トイレや衛生用品などが大量に送られてきた。これらの物資は、武蔵中の避難所で知り合ったHさん(ボランティアで不足する物資を調べて調達されていた方)を通して、後日、益城町に配達していただいた。そして、つい先日には、北海道の友人から地震見舞いにと現金が・・。多くの方たちに支えられて生きていることを実感する日々だ■自治会長のKさんや民生委員のOさんなどに「相談事がある」と思うと、タイミングよく、すぐに目の前にお二人が現れた。そしてこんなことも。被災後の10日目ぐらいだったろうか、午前中に連れ合いと二人で近隣を見て周り、二人ともお昼を作る気力も無いほど疲れきって、「お昼はパンにゆで卵をはさんでマヨネーズをぶっかけて食べたいね」と言いながら、避難先の西公園に車を停めた。するとそこに、公園の愛護会長でコミセンの管理人のMさんが袋を持って立っていた。なんと、「食べてください」と渡された袋の中には、食パンとたくさんの卵が・・・・。奇跡の日々が毎日のように続くのだった。

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