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2015年9月

徒然日記 Vol 233

それでいいんだ?!  

   現在、9月議会開会中で、先週は議員9名の質問が終わった。その内、新人議員はわが会派の大塚議員も含めて3名が登壇。議会での新人議員の質問は、発想が新鮮で勉強になることが多かった■しかし、ある新人議員の質問内容で「あれっ?」と思ってしまった。というのは、質問のほとんどの内容が、大西市長のマニフェストの焼き直しで、ご自分の持論を述べた後に、大西市長に見解を求めるという手法だった■その議員の持論の中には、少しは納得できるところもあったが、考え方のベースのほとんどが市長のマニフェストの内容だった。議員というものは、議会の質問にあたっては、市民の意見や要望を聞きながら、現状を把握し、課題を明確にして、他都市等との比較検証により、質問内容を文言化し、執行部とやり取りを行うものだ■しかし、今回の新人議員のやり方はあまりにも安易な手法だと感じた。12月には、私も5回目の質問を行う予定だ。他の議員に「それでいいんだ?!」と言われないように、しっかりとした内容で執行部とやり取りをしたいと思っている。

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徒然日記 Vol 232

幸福であれ

 県庁の近くに喫茶店があり、そこで私の知り合いのKさんという女性が働いている。知的障がい者で、私が働いていた肥後学園にいた人だ。先日、県庁に用があり、その後バスで街に向かう時に、バス停で出会った。会うなり、「先生。お金がないからジュースをおごって」と言う■その後、一緒にバスに乗っている間に、彼氏のことや、今の暮らしのことなどを話した。「彼氏が今A学園にいるけど、もうすぐ結婚する」と嬉しそうに話していた。「Kさんは結婚のことをお母さんに話した?」と聞くと「ううん」と答える。さらに、「彼氏はA学園にいるということは、まだ就職してないんでしょう?」と聞くと「そう」と答える■Kさんは今年で43歳。結婚を夢見ているが、施設にいる彼氏と二人で生活できるはずもない。Kさんは「お金がない」と言いながら、携帯を二台にゲーム機とそのソフト(20個以上)を持っていた。お母さんが払ってくれているという携帯の支払いだけでも、月6万円とか。なのに、今働いている喫茶店の給料の額は、知らないとのこと■バス内で、今のままでは結婚できないことや、携帯も節約しないと使い過ぎだとか、子どもつくったらいかんバイ、などと色々とアドバイスしたが、どれだけわかってくれたものか・・。「明日は休みだからデート」と屈託なく笑うKさん。私と同じように、すっかり歳を取ってしまったが、天真爛漫な性格は、肥後学園にいた頃から変わってはいない。「幸福であれ」という思いを込めて「じゃ~またね」と言って、バスを降りた。

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徒然日記 Vol 231

父の思い出

 私の父は、私が6歳の時に34歳の若さで亡くなった。病名は悪性リンパ腫という癌。亡くなる2年ほど前から体調を崩していたが、大の病院嫌いで、衰弱して通院した時は全身にリンパ腫が広がっていて、ほとんど手の施しようが無く、入院して一年ほどで亡くなった■父のことで、よく覚えているのは、街中で飲み会があると、必ず美味しい大学芋を買ってきてくれたこと、酔っぱらってマリリン・モンローのモンローウオークをしていたこと、夏の夕方の部屋の布団の上にパンツ一枚で、うつぶせになり、身体中に田んぼのヒルを這わせていたこと、私の髪を自宅で切る時に、父と母とで鋏の握り方で喧嘩していたこと、など■特に、体中にヒルを這わせていたのは奇妙な光景で、よく覚えている。そのとき、母が、「ヒルが身体の悪い血を吸ってくれるんだって」と言っていた。私は「へ~」と感心したものだ。あれから、50年以上もたった。様々な抗がん剤や治療法も開発されたが、未だ癌の制圧はできていない■今でも、身近な人たちの多くが癌で亡くなっていく。いつの日かすべての癌を制圧できることを願っている。いずれにしても、私の人生は、若くして逝ってしまった父の人生に比べれば、オマケのようなものだ。オマケだからこそ、父の分も含めて日々を大切に生きなければと思う。

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徒然日記 Vol 230

政治家である前に・・・

 5日土曜日は、一日中忙しく飛び回った。午前中は、公共サービスキャンペーンフォーラムが市内であり、幸山前市長が講演を行った。会場から、今後の国政・県政への出馬の意向についての質問があったが、幸山氏からの具体的な回答は無かった■午後からは、宇城市での労組関連の集会に参加。夜は、西県議の県政報告会・総会と交流会が開催された。西県議は三期目の県議で、今回が9回目の後援会の総会だ。その席に、幸山氏が来賓として初めて参加され、挨拶の後、会場をくまなく回っていらっしゃった。私も「いつ頃(出馬を)表明されますか?」と聞いた。答えは「もうしばらく」との回答。幸山氏は、「色んな方から聞かれて、最近はなんと言うべきか言葉が見つからない」とのこと。いずれにしても、市民の幸山氏への政界復帰への期待度は高い■私自身は、国会議員としての彼の活躍を期待するものの、市長を辞めてからの彼の変わり身の速さ(市長時代に比べて様々な場所に顔を出すこと)が気になるし、基本的に働く者の視点が不足しているようで、全面的には応援できないでいる。幸山氏が市長の時は、一度も西県議の会合に顔を出さなかったのに、今頃になって・・・と思うのは私だけだろうか?次のステップを目指す政治家としては当たり前の行動ではあるだろうが、私としては、「何故今頃」という違和感と共にある種の嫌らしさを感じてしまう■にしても、年内には、蒲島県知事の去就も明らかになり、それに伴なって幸山氏の知事選出馬の意向も明らかになるだろう。これから先、来年の春の県知事選挙も気になるところだが、夏の参議院選挙こそが、今後の日本の政治の流れの分水嶺になることは明らかだ。私としては、私たちの市民の代表として、政治家である前に人として尊敬すべき参議院選挙の候補者が、熊本から立候補することを、大いに期待しているのだが。

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