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徒然日記 Vol 134

進化と退化

 一月は新年会等が多く、街なかで飲んでJRを利用して帰宅することが多い。いつもの光景だが、乗客の8割近くの人は携帯電話やスマートフォンを操作し、ゲームをしたり、誰かさんとの無言の言葉のやり取りをしている。それ以外の人は目を閉じているか、本を読んでいる。見慣れた光景だが、無言で指を動かしている多くの人たちの顔が、時折ロボットのようにも見えることがある。私も携帯の出始めの頃は、「あんな物」と思って敬遠していたが、いつの間にか身体の一部のようになってしまい、たまに不携帯でいると不安になる自分がいる■しかし、携帯やパソコンなどが無かった頃に比べて、情報化社会といわれる今の時代の人間関係は、より緊密になったのだろうか?ある日、宴会の最中に携帯が鳴り、その場で思わず携帯を取り、相手と話をしてしまった。携帯を切った後に、隣席の先輩に「福永さん、いくら議員だからといっても宴会の席での携帯はいかんどぉ」と注意を受けた。マナーを守らず、先輩との会話をおろそかにして、機械に使われている自分がそこにいた■今やほとんどの職場にはパソコンが一人に一台ずつ置かれている。県や市役所の職場の中では、話をする者もなく、キーボードを叩く音しかしない部署もある。言葉や表情よりも以上に、携帯の文章や絵文字での感情表現の上手い若者たちや、晴れた日の公園の一角で、車座になって機械の中の分身の戦いのゲームに興じる子どもたちがいる。しかし、相手の生の息遣いを感じ、表情などを見ながらの会話という手段が少なくなった分だけ、人間関係が薄っぺらになってはいないだろうか■私の携帯には何百人もの人の電話番号が記憶されている。以前は、2~30件の電話番号が頭に入っていたものだが、今や、わが連れ合いの電話番号さえ覚えていない。便利になった分だけ、失くしてしまったものがありはしないのか。この先、文明はどこまで進化し、そして、人はどこまで退化していくのだろうか。せめて自分だけは、これ以上機械に使われないようにするために、マナーを守りながら、古いガラ系の携帯を使い続けよう。そして、できるだけ携帯に頼らず、相手に会っての、生身の会話に心掛けたいと思う。

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