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徒然日記 Vol 54

11月の誓い

あっという間に11月。11月9日は私の誕生日。58歳になる。来年は数えで60歳、還暦だ。親父のことを思えばこんなに生きられるとは思ってもいなかった。親父は27歳の時に20歳前の母と知り合い、三人の子どもを得て、一年ほどの闘病の果てに34歳の若さで亡くなった。私が小学校に上がる前の年だ。私の下には、その当時、4歳と生まれたばかりの弟がいた。その頃父親は、兄弟で製材所を営んでいた。私は生まれたときから材木に囲まれて暮らしてきた■父の死後、私たち家族は親戚の伯父や伯母たちに支えられて暮らした。母一人では家族4人での生活が厳しいので、母が手に職をつける間、私や弟はそれぞれ親戚に預けられた時期もあった。だから、親父の死後、家族4人が一緒に生活したのは、熊本市内にある母子寮での2年間だけだ。小さな頃から引越しを何度も経験して、小学校は三箇所行った。中学・高校時代は伯父伯母の家でお世話になった。伯父は酔っ払うといつも同じことを私に言った。「お前の母さんは若いときから一人でお前たちのためにがんばって来た。しっかり勉強して、いい会社に就職して、しっかり親孝行するんだぞ」と■幼い頃は父親のいないことに対して何も思わなかったし、苦労を苦労とも思わなかった。しかし、大学(夜間)に行くときや就職活動のときなどに、「親父が生きていてくれていたらば・・・」と、一人親の家庭の悲哀を感じたことがあった。今思い返せば、自分の不甲斐なさを父親の不在を理由にして、我が人生の苦難から逃げようとしていたのだろう。今、親父の歳をとっくに過ぎて思うことは、「親父がいなかったからこそ経験できた事柄や出会った人たちの力が、私をここまで育ててくれたのだ」ということだ。ただ、時折「もし親父が生きていたらば、俺の人生はどんな風に過ぎていったのだろうか?」と考えてしまう■親父は生前、母に「お金を貯めて家族でブラジルに行き、事業を起こすぞ」と言っていたらしい。ブラジルで何をしたかったのかはわからない。今更ながら、子ども三人を残して34歳の若さで死に行く歯がゆさや、やりきれなさは、いかほどのものだったろうかと思う。仏壇で笑っている親父の写真は実に若い。若すぎる。その親父に手を合わせながら、自ら命を絶っていく人たちの苦悩を思いながら、「生きている者は、早くして亡くなった人のためにも、しっかりと生きていかなければならない」。今更ながら、しみじみと、そう思う。そして誓う。

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