« 徒然日記 Vol 46 | トップページ | 徒然日記 Vol 48 »

徒然日記 Vol 47

原発とバベルの塔

私がまだ市議会議員候補者だった3月末に、某新聞社からアンケートの依頼があった。東日本大震災を受けて防災に関わる五項目についての質問だった。その中の最後の設問に「今回の大震災に伴い自治体の防災能力が改めて問われています。市の防災対策の中で最も充実させるべきだと思うものを挙げてください」という内容で、食料の備蓄・避難所の整備・災害弱者の人たちへの支援体制・被災者への住居支援など七項目の内容が示されていた■七項目の内容はいずれも必要な対策だ。その中から最も充実させるものが何なのか相当悩んだ。悩んだ末に「地域の防災ネットワークづくり」に○をした。しかし、どうにも納得がいかない。七項目の質問の内容には、ソフトとハード面の両方が書いてあり、災害前・災害時・災害後の対策が混在していたためだ。結局、八項目目の「その他」に○をして「災害前・災害時・災害後の対策としてソフト・ハード面の総合的な防災体制整備が必要」と記載した。私が記者ならば「一番最初に取り組むべき課題は?」と聞くだろう。そして、答えは「想定される地震や洪水等の災害時の規模とその被害を科学的に検証すること」と回答しただろう。そこからしか「対策」は考えられない■今回の大震災後、「想定外」という言葉が政治家や学者や原発関係者などの多方面の方達により使用された。しかし、千年に一度の巨大地震とか想定外と言いながらも、過去の災害の歴史については、「明治時代(1896年)の三陸地震では岩手県綾里湾の奥では海抜30メートル以上の大津波の記録もあった」という事実が・・・・。ほんの百数十年前の事なのに、その事実は過去のものとして忘れ去られてしまったのだろうか?■煙を上げて放射能を撒き散らしながら崩壊していく福島原発の姿と、神の領域に向かって天を目指したバベルの塔の崩壊と重なって見えてしまうのは、私だけだろうか?人類は自然と共存しながら、その恵みに育まれ、生かされてきた。反面、その脅威にもさらされてきた。私たちの祖先は、幾多の災害に遭遇し、多くの犠牲者を出しながらも、そこから命と暮らしを守る知恵を絞り、対策を講じて長い歴史の中を生き残ってきた。今回の大震災は、そしてその後の原発の事故は、地球に住む全人類に対する大いなる「警鐘」だ。天災は忘れた頃にやって来る。今回の災害と原発の事故で命や暮らしを奪われた人々の不幸を無駄にしないためにも、今こそ、ゼロからの視点からでの危機管理・防災体制の在り方と、脱原発に向けたエネルギー政策に向けた議論が必要だ。

300pxbruegheltowerofbabel Image

|

« 徒然日記 Vol 46 | トップページ | 徒然日記 Vol 48 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/473107/41828062

この記事へのトラックバック一覧です: 徒然日記 Vol 47:

« 徒然日記 Vol 46 | トップページ | 徒然日記 Vol 48 »