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2011年9月

徒然日記 Vol 48

きちっときちっと

 議員になって早5ヶ月が過ぎた。先の6月議会では初めての経験ということもあり、いくつかの失敗を重ねてしまった。議会初日にはネクタイ着用とは知らず、あわてて先輩議員にネクタイを借りての議場入り。さらには、携帯電話は持ち込み禁止と知らずに持参。数日後に開催された保健福祉委員会に初めて参加した時には、部屋に入るなり市の委員会関連の課長級以上の職員の方々がズラリと60人ほど座っていらっしゃって、びっくりしてしまい、「おはようございます」の声が裏返った■二回目の委員会の中での初めての発言では、「委員長」と声を出して手を上げるのを忘れたり、発言時にマイクのスイッチを入れ忘れたりした。更には、気負いすぎて担当課長や局長とのやり取りもなく、一方的に意見要望を長々としゃべくり、途中で委員長に「発言をまとめてください」と注意される始末。先日、委員会記録の発言内容を読むと、同じことばかりをくどくどと言っている自分がそこにいた。そして、何回も「キチッと」という言葉が・・・。きっと眉間に皴を寄せ、つばを吐きながら、早口で話していたのだろう、この俺は。今更ながら恥ずかしいこと、この上なし■ということで、現在9月5日から29日までの予定で開催されている議会には、6月の失敗を繰り返さないようにしっかりとイメージトレーニングを積み、周到な準備の上に臨んだ。先日開催された委員会では、発言内容も前日までに整理して準備した。発言時には、低い声でゆっくりと「委員長」と言って手を上げて、マイクのスイッチも入れた。質問と意見・要望も分けて発言して、丁寧なやり取りもできた・・・と思う。しかし、他の議員の発言中に携帯電話の呼び出し音が!委員会での発言にばかりに気持ちが入り、携帯をまたしても持って来てしまった。我ながら呆れたものだ。それでも、地域包括支援センターの今後の在り方や保育料の未納者対策・子どもセンターの充実化等について自分なりに質問や意見・要望を述べることができたと思う■まだまだ、具体的な成果を出すまでには至ってはいないが、一つ一つの案件に対して、自分なりの考えや思いを伝える作業を通して、制度・政策に魂を吹き込んでいきたいと思っている。委員会に参加している方々にとっては、今のところ「ちょっと変わった議員だな」「よ~ダラダラとしゃべるバイ」とか思われているかもしれない。情熱を失わずに「キチッと」訴えていけば、いつの日か「なるほど」と思って動いてくれる人もいてくれるだろう。12月議会では初登壇しての質問を行う予定だ。当日になってあわてないようにと、時間を見つけては、早々と質問の骨格づくりを始めた。まだまだ新人。今のこの気持ちを忘れずに走り続けることにしよう。ただし、沿道からの声援だけでなく、一緒に伴走してくれる人がいなければ独りでは無理だ。おっちょこちょいで不器用と笑ってもらっても構わないが、独りよがりにならないためにも、これからも皆さん、どうか私を見捨てずに知恵と力をお貸し願いたい。

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徒然日記 Vol 47

原発とバベルの塔

私がまだ市議会議員候補者だった3月末に、某新聞社からアンケートの依頼があった。東日本大震災を受けて防災に関わる五項目についての質問だった。その中の最後の設問に「今回の大震災に伴い自治体の防災能力が改めて問われています。市の防災対策の中で最も充実させるべきだと思うものを挙げてください」という内容で、食料の備蓄・避難所の整備・災害弱者の人たちへの支援体制・被災者への住居支援など七項目の内容が示されていた■七項目の内容はいずれも必要な対策だ。その中から最も充実させるものが何なのか相当悩んだ。悩んだ末に「地域の防災ネットワークづくり」に○をした。しかし、どうにも納得がいかない。七項目の質問の内容には、ソフトとハード面の両方が書いてあり、災害前・災害時・災害後の対策が混在していたためだ。結局、八項目目の「その他」に○をして「災害前・災害時・災害後の対策としてソフト・ハード面の総合的な防災体制整備が必要」と記載した。私が記者ならば「一番最初に取り組むべき課題は?」と聞くだろう。そして、答えは「想定される地震や洪水等の災害時の規模とその被害を科学的に検証すること」と回答しただろう。そこからしか「対策」は考えられない■今回の大震災後、「想定外」という言葉が政治家や学者や原発関係者などの多方面の方達により使用された。しかし、千年に一度の巨大地震とか想定外と言いながらも、過去の災害の歴史については、「明治時代(1896年)の三陸地震では岩手県綾里湾の奥では海抜30メートル以上の大津波の記録もあった」という事実が・・・・。ほんの百数十年前の事なのに、その事実は過去のものとして忘れ去られてしまったのだろうか?■煙を上げて放射能を撒き散らしながら崩壊していく福島原発の姿と、神の領域に向かって天を目指したバベルの塔の崩壊と重なって見えてしまうのは、私だけだろうか?人類は自然と共存しながら、その恵みに育まれ、生かされてきた。反面、その脅威にもさらされてきた。私たちの祖先は、幾多の災害に遭遇し、多くの犠牲者を出しながらも、そこから命と暮らしを守る知恵を絞り、対策を講じて長い歴史の中を生き残ってきた。今回の大震災は、そしてその後の原発の事故は、地球に住む全人類に対する大いなる「警鐘」だ。天災は忘れた頃にやって来る。今回の災害と原発の事故で命や暮らしを奪われた人々の不幸を無駄にしないためにも、今こそ、ゼロからの視点からでの危機管理・防災体制の在り方と、脱原発に向けたエネルギー政策に向けた議論が必要だ。

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徒然日記 Vol 46

息切れしないように・・

 久しぶりのブログだ。吹き抜ける風も少しずつ冷たくなってきた。お知らせすべきことの多さに整理がつかないままに、今日を迎えた。「年4回の議会開催中以外は、議員は何をしてるんですか?」と、よく聞かれる。議会は、3月・6月・9月・12月の年4回開催されている。6月議会は6月6日から7月1日まで開催された。9月議会は、9月5日から9月29日まで開催される。私自身も議会開催中以外は、自分の時間も少しはあるのかな?などと思っていたが、お盆休みの三日間以外はほとんど休みなく活動してきた■6月議会が終わってから今日までの主な活動は、議会関連の役職としての、保健福祉委員会の視察(東京都・新潟市)・バス交通のあり方検討協議会の会議や視察(福岡市・金沢市)、市議会便り作成のための広報委員会などに参加してきた。合間には地元関連の、校区の運動会や夏祭りへの参加や様々な陳情に関しての活動。また、支持関連団体の集会等への参加など。さらに会派としての市民連合の活動や市議会便りの地元手配り、東日本の被災地視察などを行なってきた■先輩からは「議員は忙しくてきちんと制度政策について勉強する時間が少ない。自分自身を律して計画的に活動しなければいけない。そして、活動の成果や内容を支持者の方々にきちんと知らせていかなければならない。それができなければ4年後はない」との助言をいただいた。私自身は4年後をめざして活動しているわけではなく、ひとつひとつの課題を真摯に受け止め、精一杯取り組んでいくだけだ■議員になって4ヶ月が過ぎた。マラソンに例えるならば、初めて走るコースに不安を抱えながら、景色を見る余裕もなく闇雲に走ってきたようだ。息切れしないように、走りながらもきちんと目標を定めて自分のペースを作っていかなければいけない。

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