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2011年7月

徒然日記 Vol 45

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東日本大地震被災地視察

  7月4日(月)から7日(木)まで、一人で東日本大震災の被災地(陸前高田市・気仙沼市・仙台空港とその周辺)の視察に行って来た。数珠とデジカメを手に歩き回った。多くの人々の命と暮らしを一瞬にして奪い去った津波の猛威。すでに被害家屋等も撤去され更地になっていた所もあったが、実際に大津波の被害の状況を目の当たりにして、あまりにも甚大で悲惨な姿に唖然とするしかなかった。初日の5日は、仙台からレンタカーで陸前高田市と気仙沼市に行ってきた■陸前高田市は、スーパーやホテルなどの大きな建物以外は解体・撤去されていて、ひとつの街が完全に無くなった状況だった。海岸付近にあったB&Gの建物は辛うじて残っていたものの、内部の鉄骨は津波により捻じ曲げられて崩壊。玄関横の看板に記載された「水七訓」の「第一訓:あらゆる生物に生命力を与えるは水なり」という言葉が虚しく心に響く。近くには、津波に翻弄されつくされて鉄くず同然の姿に変わり果てた車が、何百台も並べられていた。その車の中で亡くなった方もいたであろう。手を合わせずにはいられなかった■気仙沼市は、巨大な漁船や崩壊寸前の家屋や乗用車や瓦礫が未だ散乱した状況。地盤沈下のためか、住居や瓦礫の周りには行き場を無くした真っ黒い泥水があふれ悪臭を放っていた。その横を、埃を上げながらトラックやブルドーザーなどによる復旧・復興の作業が進められていた。翌日はJRとバスを乗り継いで仙台空港に向かった。空港内は一階だけが利用でき、その他の階は工事中だった。空港から東側の海岸部にかけては、ほとんど更地の状態だった。そんな更地の中で特に印象に残った二つの光景。ぽつんと残った松林の中に、小さな祠とその入口の地面に立つ二体の狛犬。破壊された墓地の横に積み上げられた墓石■そんな景色を見ながら考えた。「人間は自然とどこまで共存できるのだろうか?」「甚大なる被害を受けたこの被災地は、今後どのような町に変わるのだろうか?」。そして、誓ってきた。「多くの犠牲者の方々の命を無駄にしないために、私たちの命と暮らしを守るための防災や避難や街づくりのあり方などをしっかりと考え直さなければいけない」と。

↓陸前高田市      ↓気仙沼市     

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