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2010年9月

徒然日記 Vol 30

なんか変

 次の人生のステップを歩むために9月の初めに武蔵ケ丘という所に、家族七人で引っ越した。引っ越しが一段落して帰って来たらば、車道に停めていた妻の車の窓に駐車禁止の張り紙が張られていた。罰金18,000円也。妻に聞くとわずか5分ほどの間に・・・■これまでの経験では、駐車禁止地帯に車を停めている時には事前に移動するようにという警告なり注意があったはず。ところが、何も無くていきなり張られたようだ。先日も、静かな住宅地の路地に車を停めて、ある人と玄関口で話をしていたら、私の車の後ろに立ってナンバーを手元の機械に打ち込んでいる人がいた。訪問先の人が気付いて、「すぐ動かすから待って~」の声で間一髪助かった■警察関係の知人に聞いたら、「駐車禁止の車を取り締まるために一部民間に委託している。取り締まり以前の『注意や指導』については警察にも民間にも法的には業務として無い。民間の場合は、成果を上げなければならないので機械的に取り締まっているようだ」とのこと■確かに公道に駐車することは一部を除いて禁止されてはいるが、比較的交通量が少ない場所でほんの数分、車を停めて荷物を降ろしたり、話をせざるを得ない場合もあるはずだ。こちらが悪いとはわかっていても、なんか変だと思う。道路の安全の確保という本来の目的が忘れ去られて、取り締まること自体が目的になっているようだ。であれば、車を何十台も違法に停めている地帯も含めて「徹底的に取り締まれ」などと言いたくもなる。世知辛い世の中になったものだ。

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徒然日記 Vol 29

夏休みも終わった

八月末のある日、学童の先生から電話があった。「明日から学校が始まるというのにR君の宿題が30ページ以上も残ってるんですよ。それなのに、朝から全然しようとしないので、先生から声をかけてやってください」とのこと。すぐにR君と電話を代わったが、私の「こんにちは久しぶり~」の挨拶に何も答えてくれない■しかし、聞き耳を立てている様子がわかったので、「何で宿題せんだったと?毎日頑張らんだったね。全部は終わらんかも知れんけど、今日一日できるしこがんばるバイ。ちゃんとせんなら福永のゲンコツば持っていくバイ」と言って、ほかの学童の子ども達と電話を代わった■宿題はしなくとも、R君こそ、僕に色々な事を教えてくれた子だ。勉強は嫌いだが、遊ぶ事には人一倍熱中する子どもらしい子どもだ。その分、自己主張が激しくて、他の子ども達とのトラブルも多くて、私から一番叱られた子だ。負けず嫌いですぐキレて、いつも喧嘩ばかりして、そのくせシャイで寂しがり屋の泣き虫さん。そして、学童の中では一番竹馬が上手で、階段の上り下りもなんのその。褒めると素直に喜ぶ鼻高々の笑顔が素敵な子だ。今でも気がかりで時々夢にまで出て来る。でも、学童を辞めてしまった私には何もできないのだ■子ども達の永い夏休みも終わった。きっとR君は今でも夏休みの宿題を頑張っている事だろう。自分がきちんとしなかったのに「何で~」と唇をとがらせて、担任の先生に文句を言っている姿が目に浮かぶ。いつの日か時間を見つけて、R君とそして学童の子どもらの顔を見に行こう。「ふくながじいさん元気や?」の声を聞くために。

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徒然日記 Vol 28

政治の流れを変えなければ・・・。

 ある日の朝刊の一面は民主党の小沢さんが首相選挙に立候補の記事。一度責任を取って辞めた人がわずか三ヶ月で返り咲き?政界には国民の思いとは違う風が吹いているようだ。私自身も三年前に労働組合の役職から離れて、一民間人になり、これまで会社の仕事を手伝いながら好きなことをやって来た■第一線の労働運動や政治活動から離れての生活だった。しかし、肌身に感じた事は、当たり前のことだが私たちの暮らしは時の政治のありようで大きく左右されるという事。この三年間、ほとんど休み無く働いてきた。午前中は会社の営業で保育園を中心に食育食器の販売。午後は学童保育の指導員として子ども達と触れ合い。土曜日曜祭日は高森で木工玩具づくりとクラフト体験の受け入れ。季節ごとに「木育・食育」のイベントも開催してきた。忙しいながらも充実した毎日だ。しかし、ずーっと感じてきた世の中の矛盾や問題の数々■子ども達の事では、裕福な家庭と恵まれない家庭の経済や子ども達の学力の格差。保育園での食育の取組みの格差。高齢者の事では、老々介護の厳しい実態、制度の矛盾、マンパワーの不足など。木工を通しての「木育」の活動では、材料や道具を提供しても、一人では想像・創造する力のない子ども達の実態に愕然とした。何かが確実に失われて壊れ始めている。それは、福祉・教育・環境の問題として一言で片づけられないもの。ただただ、「政治の流れを変えなければもっと悪くなっていく」と実感した三年間だった■56歳の私にこれから何ができるのかは分からない。しかし、これまで培った経験と知識を元に熊本市政をより良く変えたいと思っている。お世話になった方々、これまで以上に、私に知恵と力を貸していただきたい。

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