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2009年9月

学童の日々 Vol 17

愛情不足?!

子どもたちは肩車やおんぶが大好きだ。幾人もの子がしつこく飛びかかり肩車やおんぶを要求する。一人にしてあげると全員にしなければいけないので、クタクタになってしまう。ということで、最近は要求を断固拒否して、違う遊びで対応している■「肩車は家に帰ってお父さんにしてもらいなさい」と言うと、「お父さんはしてくれんもん」と言う。本当だろうか?50代半ばの私でさえ日頃から4歳の孫と遊び、膝の上に乗せたり、肩車もしてあげているというのに・・。学童で、座って一緒に遊んでいると、私の膝の上に乗っかってくる子どももいる。親御さんとのスキンシップが足りないのかもしれないのかな、とも思う■学童の子らの家庭の状況も様々でシングルの方も結構いらっしゃる。私自身も6歳の時に父親を亡くした。母は親戚の手助けを受けながらも、長男の私を含めて三人の子どもを育て上げた。伯父はいつも私に「親父がいないんだから、その分しっかり勉強して、大きくなったらお母さんに孝行するんだぞ」と言っていた。子どもの頃の自分自身を振り返れば、早くから自立を促された分、甘え方を知らずに育ったようだ■学童でも私たちや親御さんにうまく甘えることができる子たちはいいのだが、甘え方がヘタクソな子たちがいることも確かだ。きっと学童でも家でもさみしい思いをしている子もいるのかもしれない。100人以上の子どもたちがいる学童。職員は七名。仕方の無いことだが、一人ひとりの思いや願いをとらえて満足させることのできないもどかしさを感じる。親御さんたちも大変だろうが、せめて休みの日ぐらいは子どもたちと、うんと遊んでスキンシップをはかってほしいものだ。

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学童の日々 Vol 16

暴力

学童では毎日のようにどこかで誰かが喧嘩をしている。原因は、おもちゃの取り合いや言葉の行き違いなど様々だ。喧嘩のやり方も、言い合ったり、殴りあったり。言い合いだけならまだしも、殴り合いの喧嘩がエスカレートすれば仲裁に入らなければならない■喧嘩自体は、お互いの自己主張のぶつかり合いだから、多少は目をつぶるべきだと思っている。しかし、言葉で話し合う前に、いきなり暴力で解決しようとする子どもたちが幾人かいる。喧嘩自体も兄弟が少ないためかヘタクソで、足を使ったり、物を使ったり、引っ掻いたりと危なくて見ていられない■いつだったか、三年生のT君が遊んでいるときに、近くを通った二年生の女の子がT君の手を踏んでしまった。女の子が謝る間も無く、T君はその子をいきなり蹴った。私はT君に「なぜいきなり蹴ると?」と聞いた。しかし、T君は手を踏まれた怒りで「うるさい」と言って、聞く耳を待たない■私はT君を連れて外に出た。T君は泣き出した。落ち着くのを待って話をした。その場では解ってくれたが、今でも時々かっとなって手を出している。いつかもコメントにも書いたが、世の中は暴力に満ち満ちている。人は元来暴力的にできているのだろうか?■子どもたちには、ついつい「仲良く」「相手を大切に」「人に優しく」しなさい、などと言ってしまうことが多い。いずれも、観念的な言葉だ。今は「自分がされて嫌なことはやめよう」「手を出す前に話し合おう」と話している。暴力に取り付かれた子たちも、成長と共に理性で判断することができるようになり、少しずつ暴力的な言動も無くなると思う。しかし、一方的な暴力によって泣かされている子どもたちの姿を見るのはつらい。落ち着くまで成長をじっくりと待つしかないとは思うが、もっと手っ取り早く解りやすく教える方法が無いものだろうか?

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学童の日々 Vol 15

遊びをとおして

子どもたちが学童で過ごす時間のほとんどは遊びの時間だ。勉強もだが遊びこそ子どもたちの仕事だ。仕事だから、楽しいばかりではない。遊びの中にも、きちんとしたルールやマナーがあるし、相手とのやり取りの中で精神的にも相当エネルギーを消耗する■だからこそ、私たちは遊びを通して、多くのことを学んできた。学童の子達にも遊びを通して多くのことを学んでほしいと思い、これまでにいくつかの昔ながらの遊びとして「ハンカチ取り・ビー玉・竹馬など」を教えてきた■面白いのは、勉強はできても一人遊びしかできず集団遊びが不得意な子もいること。その反対に、勉強はできなくても、遊びの時間になると、ずば抜けた能力を発揮する子もいる■すぐにキレて他の子からは少し距離を置かれていたR君。サッカーや野球は不得意。ところが、竹馬はとても上手だった。坂道や階段までもトコトコと登っていく姿を見て、他の子からも一目置かれるようになり、本人も鼻高々。当たり前のことだが、人の顔がそれぞれ違うように、子どもたちはみんなそれぞれに輝く個性を持っているのだ。遊びをとおした人と人との関わりの中で多くのことを学び、個性豊かに健やかに育ってほしいものだ。

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学童の日々 Vol 14

学童の夏休み

学童で体験する初めての夏休みも、あっという間に終わってしまった。知人に「夏は学童は休み?」と聞かれた。子どもたちには長い夏休みだが、親御さんには盆休みさえも無い人もいるぐらいだから、夏の学童こそ大繁盛だ■この夏休みは、学童に100名以上在籍する子どもたちのうち毎日5~60名が、早い子は朝の8時から遅く帰る子は夕方の7時まで学童にやって来た。一日の日課は、朝の10時までが宿題。10時のおやつの後に、自由遊び。昼食後からは4時からのおやつ以外の時間は自由遊び。夏休みの間、9日間だけはプールの日があった。というわけで、夏休みのほとんど毎日が少しの勉強の時間以外は遊びの日々だった。私も、一緒にプールにも入り真っ黒に日焼けした■この夏休みで、特に感じたのは、勉強や遊びなどを「一人でできる子とできない子」の格差だ。早々と夏休みの宿題を終わり、毎日ドリルなどを広げて自主的に勉強する子もいれば、宿題でさえ私たちが声掛けしないと自分からしない子もいた。親御さんが忙しければ忙しいほど、家庭ではその子に注がれる時間が少なくなるのは確かなことだ。その分、学童ではそんな子どもたちに目配り気配りをしてきた。しかし、それでも何人かの子どもたちは、宿題を完全に終わらずに新学期を向かえた子もいた■格差社会と言われる中、親御さんの働く環境も様々で、子どもたちも、その影響を大きく受けることになる。学校の役割が、勉強だけではなくて、本来家庭で身につけてきたであろう基本的な生活習慣としての躾まで任されるようになってきた。夏休みの間、家庭で兄や姉と、実家で祖父祖母と過ごしたりして、一度も学童に来ることも無く夏休みを終わった子らの顔。夏休みの間ほとんど毎日学童に来て過ごした子らの顔。同じように真っ黒に日焼けした顔々。全ての子どもたちが幸福であれと願わずにいられない。

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