徒然日記 Vol 392

眠れない夜

 五月だというのに、この暑さは、なんとしょう。真夜中に、暑くて、目が覚めて、眠れない。というわけで、久しぶりのブログを書いている。五月の連休に数日休み、その後は、何やかやと忙しく動き回っている▪️私の手帳には、校区の自治会や、会派、そして、参院選熊本選挙区の予定候補「あべ広美」の選挙の取り組み等の日程が、毎日のように書き込まれている。この先、真っ白な日もあるが、いずれ何かしら入ってくる▪️忙しければ忙しいほどに、高森の景色が恋しくなる。しかし、6月は、議会もある。そして、議会が終われば、7月末の参院選に向けて、ますます忙しくなる。高森に行く暇なんて、きっと無い▪️三年前の参院選の時は、地震も重なり、我が人生で、一番忙しい日々を過ごしたものだ。当時を思えば「忙しい」とは言えないのかも?八月のある日、高森の木陰に吊るしたハンモックにくるまり、揺れながら、好きな音楽を聴き、ビール片手に、本を読む日を夢見て、がんばらねば。

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徒然日記 Vol 391

宮本武蔵の顕彰祭の日

 連休も終わった。毎日忙しい日々が続く。本日は、朝から、地元龍田の武蔵塚公園で宮本武蔵顕彰祭(374年祭)があり、来賓として参加してきた。市議になり今回で、9回目の参加。祭りの開催前に、宮本武蔵の眠るお墓の前で、神事としての、玉串奉天が行われた。毎年、主催者の代表、北区区長の後に私の番がやって来る。玉串を納めて、一人での二礼二拍手一礼は、いつものことだが緊張するものだ■昨年までは、来賓としての市議会議員の参加は、私と共産党の山部議員の二人だったが、今年は、地元の新人の自民党と公明党の議員を含めて三名。その他には、地元の龍田五校区の自治会長や役員、地域の皆さん方など200名以上の参加があった。神事の後には、奉納として、龍田小学校の金管バンド部の演奏、菊陽武蔵剣豪太鼓、武蔵継承の二天一流の演武などが、行なわれた。いずれも素晴らしい演奏と演武だった■夕方、ある方から電話があった。「顕彰祭で声をかければ良かったのですが、当選おめでとうございます」の言葉をいただいた。聞けば、先日の地方紙の読者の広場に、今日の顕彰祭が行われた武蔵塚公園での出来事を投稿した方だった。投稿内容は、「ある日公園を訪れて来られた外国の方に出会ったが、案内板に外国語の表記が無いので、片言の英語で案内をした。きちんと整備してほしい」というものだった■数日前に読んだ、気になった記事の作者の方からの思いがけない電話だった。数年前も一般質問の壇上で「宮本武蔵のゆかりの地としての熊本を、もっとアピールしてほしい」と要望したが、未だ具体化に至っていない。外国語表記の案内板設置も含めて、武蔵塚公園の整備や顕彰祭の拡充など要望し、剣豪宮本武蔵をもっと活用した観光施策を求めていきたい。

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徒然日記 Vol 390

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暮らしに届く政治を

 お正月以降、4月7日の私の選挙までの間、休んだのは3月のある日の夕方から翌日の昼までの半日だけ。そして、選挙後も、あいさつ回りや、会派の集まりや、地域の自治会関連の集まり等で、忙しく走り回ってきた。そして、連休中は令和の初日の今日まで、7月の参院選の候補者の、あべ広美さんの辻立ちに三日間お付き合いした■あべ広美さんは、三年前にも参院選熊本選挙区に、全国に先駆けて野党統一候補として立候補し、27万票近くを獲得したものの、自民党の候補者が44万票以上を獲得し惜敗した。当時、私は、あべ広美さんを支えるために結成された「熊本から民主主義を県民の会」(くまみん)の事務局長として汗をかいた。あれから三年。今回、あべ広美さんは、選挙までの間に、県内各地での1000回の辻立ち行動を目標として提起された。そして、今日の辻立ちで555回を越えた。連休中は、市内や郡部の公営住宅を中心に、多い時は20ヵ所近くで、毎回1015分程度マイクを手に思いを訴えている■私たちが手に持つ登り旗には、「暮らしに届く政治」と書いてある。団地なので、ほとんど反応は無いものの、あべ広美さんは、「きっと声は届いている」という思いで、めげることなく、きちんと政策等を訴えている。私も、議員なので解るのだが、全く反応が無い場所での辻立ちは、空気に話しかけているようで手ごたえ無く、やる気を失くしそうになるものだ。しかし、彼女の訴える力は、もちろん私以上。そして、あべ広美の訴える内容の根っこは同じだが、彼女は立つ場所により、様々な切り口で、話かけるようにわかりやすく話をする。その姿には、頭が下がり、感動してしまう■先の市議会議員選挙の投票率は、40%台だった。政治をあきらめた人、政治に無関心な人が増加している。そんな人たちに、あべ広美さんの訴えを、きちんと聞いてほしいものだ。国政を、あべ広美さんのようなきちんとした方に担っていただき、少しでも私たちの暮らしに届く政治に変えてもらいたいものだ。私は、明日から三日間だけ休むことにした。そして、7月末の参院選が終わるまで、また休みなく頑張らねばならない。あべ広美の当選のために、そして、今の悪しき政治を少しでも良くするために・・・。

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徒然日記 Vol 389

楽しかった?!選挙

 今回の選挙戦は9日間。マイク担当は、プロが一名で残りの二名は、毎日交代で組合の書記や嘱託の方たちが選挙カーに乗り込み、私を売り込んでくれた。慣れないマイク担当で、皆さん緊張しながら、たどたどしくも、心のこもった訴えは、道行く人や家の中の人たちの心にも響いたと思う。そんなマイク担当者の、いくつかの言い間違いをご紹介■私の名前の言い間違い「ふくなわふくなわ」や「ふくやまふくやま」だれじゃそれ?ハゲという言葉は使わないようにと、言っていたのに「福永候補ハゲしい選挙戦を皆さんのハゲましにより精いっぱい戦っています」。「子どもたちと、お年寄りに大人気の福永」。間の世代が、いないっ。「皆さんの声を市政に届けてください」。僕の仕事は?マイク担当が言い間違いをするたびに、私も突っ込みながら、笑ってしまったものだ■毎日、選挙カーに乗るたびに、今日はマイク担当がどんな言い間違いをするのかが楽しみの選挙でもあった。そんな話を、西県議候補の選挙カーのマイク担当のYさんに伝えると「私なんかもっとひどい言い間違いをしちゃいました」とのこと。聞けば、ホテル近くで「西聖一県議会議員候補は、子づくり支援にも取り組んでいます」と・・・。子育て支援を子づくり支援の言い間違い。極めつけの言い間違いだ。笑ってしまった■選挙カーからの、ありきたりの訴えでは、有権者の心には、その言葉は届かない。一番の訴えは、これまでの実績や自分の考える政策や、市政への思いなどではあるが、他の候補者との区別化を図るためには、少しは砕けた表現のフレーズもあってもいいのでは、などと思ったりもする。いずれにしても、ボロボロに疲れたものの楽しく選挙を闘うことができた。疲れを吹き飛ばす、笑えるたくさんの言い間違いをしてくれた、マイク担当の皆さんに感謝感謝。

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徒然日記 Vol 388

当選はしたけれど

 今回二回目となる五つの区で実施された区割り選挙の市議選。私の選挙区の北区は10名定数に12名の立候補。結果は、3776票を獲得し10名中5番目だった。地域や労組の方々の支持での3期目の当選だ。どれほど感謝しても、し尽くせない。前回が無投票で、成績表をもらわずに進級した気分で、なにか落ち着かない四年間だった。今回は、きちんと成績表をもらっての当選。嬉しい限りだが、心から喜べない■何故ならば、40㌫台という低い投票率に加えて、今回の選挙に向けて、会派の市民連合として9名から10名の増をめざしていたのに、現職の仲間二人が落選してしまい、結果は新人を含めて8名と人数を減らしてしまったからだ。ということで、自分自身の当選の万歳は両手を上げながらも、気持ちは片手の万歳だった■支持者の皆さんが帰った夜中の2時ごろに事務所から、落選した若手のOさんに電話した。「まだ若いのだから、めげずに四年後めざして頑張ろうよ」と伝えた。結婚をして、子どもが生まれたばかりなのに、若手の議員として、私より以上に素晴らしい質問や提言等を行ってきたのに・・・。市民の方々は、候補者の何を見て、その一票を投じるだろうか、わからなくなってしまう。今回の48名定数の市議選は、自民党は現職一名が落選したものの、新人含めて、その他の自公の候補者すべてが当選した■保守王国熊本の自公の組織力とその底力には驚くしかない。今後、野党で協力しての7月の参院選「あべ広美」の勝利をめざして取り組まなければならない身としては、相当の覚悟が必要だ。政治に無関心な、もしくは諦めてしまった、投票所に足を運ばなかった県民の心に響く政策を訴えるしかないのかもしれないが、その具体策が見えてこない。当選はしたけれど、次へのステップが踏めずに、スッキリしない気持ちで日々を過ごしている。

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徒然日記 Vol 387

みんなの絆で・・

 本日、4月7日の午前中に家族で投票所に行き、自分の名前を書いてきた。昨日までの九日間にわたる選挙。さすがに疲れた。毎日、車の中から、交差点などで、声を枯らして私の政策や思いを伝えてきた。そして、道行く、顔も知らない方が「あなたの議会便り、いつも読んどるバイ。応援するよ」「地震の時はお世話になりました。頑張って」「福祉の充実を望むから、あなたに投票するよ」など、多くの励ましをもらった■最終日の前日の金曜日は、マラソンで言えば、40キロ付近。さすがに疲れのピークで、交差点でマイクを持ち、テンションを上げ過ぎて、貧血気味になり、そのまま後ろに倒れそうになった。昨日、最終日の土曜日の午後からは、近隣校区を歩いて、最後の支持のお願いを訴えた。歩くこと延べ4時間、二万歩ほど歩いた。先輩の元市議の上村さんも、選挙カーに乗り、私への支持を訴えてくださった■92歳の後援会長の杢田さんは、毎日のように自転車で事務所に来て、来客対応や電話や葉書の宛名書きなどをしていただいた。慣れない選挙カーのマイク担当をしていただいた仲間の女性たち。プロのようには、上手く話せないにしても、心のこもった訴えの言葉は心に染みた。そして、陰になり支えてくれたスタッフの皆さん。感謝してもし尽くせない気持ちだ■多くの人たちに支えられていることを、改めて知らされた選挙だった。地域の絆で輝く未来。そして、みんなの絆で輝く未来を創っていかなければならない。結果は、今夜の23時以降か?いずれにしても、やり切った。結果は後からついて来るのだ。8年ぶりの選挙。支持していただいたみなさんの期待や、先輩や仲間たちの汗が無駄にならないように、いい成績で当選を果たしたい。

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徒然日記 Vol 386

情熱の薔薇

 皆さんは、ブルーハーツというグループは、ご存じだろうか?もう解散して、別のグループ名で今も活動している。20年以上も前、車のラジオから「ドブネ~ズミみたいにうつくしくなりた~い」の、歌い出しで始まる「リンダリンダ」に衝撃を受けた■以来、彼らのコンサートに行くほど、夢中になった。65歳になった今でも、大好きな「情熱の薔薇」や「青空」などを、カラオケで歌う。そして、翌日は決まって喉が枯れている■「演歌じゃなくて、ロックなんだ」と言われたりもするが、古い歌で「星の流れに」や「愛のさざ波」「骨まで愛して」なども大好きだ。先日もラジオで聞いた、若い人の歌に感動した。でも、難しくて、残念ながら自分では歌えない■音楽だけでなく、映画や絵画や詩、美しい景色などに出会って心を動かす感性を、どれだけ歳を重ねたにしても、いつまでも無くしたくないものだ。きっと、その感性の源こそ、心のずっと奥底にある情熱という真っ赤な薔薇なのだ。

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徒然日記 Vol 385

みんながんばれ~

先日、小4の孫経由で、卒業する6年生の女子からの、手紙が届いた。市議会議員 福永洋一様と書かれた封筒の中には、手紙と一緒に手づくりのしおりが入っていた■手紙には、綺麗な文字で「今まで温かく見守っていただきありがとうございます。感謝の気持ちを込めてしおりを作りました」と書かれてあった■地域の自治会等の役員に、卒業間近の子どもたちが書いてくれたものだ。しおりには、「失敗は成功のもと」と書いてあった。心が温かくなった■早速ペンを取り「ご卒業おめでとう。心温まるお手紙ありがとうございます。僕は、選挙に勝つために、お正月から休みなく頑張っています。選挙は失敗しないように、成功したいと思っています。中学生になったら、しっかり勉強して、友だちもたくさん見つけて、楽しい中学時代を過ごしてください」と、返事の手紙を書いた■4月は出会いと別れの季節。多くの若者たちが次のステージに進み、新たな場所で、新たな経験を積んでいく。失敗を恐れずに、夢に向かって、みんながんばれ~。

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徒然日記 Vol 384

25年目のおっぱい

 先日、小4の孫のN美を、ふざけて抱きしめたところ、N美が「やめて」と言って、嫌がった。1/2成人式を迎える歳になり、少しずつ大人びてきた孫。以前のように甘えてくれなくなった。爺さんとしては、嬉しくもあり、寂しくもありの心境だ。そして、ふと、ある歌を思い出した。それは、中川五郎というシンガーソングライターの「25年目のおっぱい」という歌■一番は「25年目の夜に君のおっぱいは 僕の掌の中でぐっすりおやすみ 25年目のおっぱいはとっても小さいけれど 僕の掌にぴったりでとっても柔らかい 思えば君が少女の頃ふくらみ始めたおっぱいが とっても痛くてつらかったんだってね 25年目のおっぱいは今僕の掌の中 僕は一晩中ずっとこうしているつもり」というもの■私が、名古屋の大学生の頃、寒い夜の下宿屋のラジオの向こうから聞こえてきた、この歌。優しい歌声と、そのユニークな歌詞に、心がほんわかと柔らかくなったものだ。6年ぐらい前だろうか、中川五郎さんのコンサートが市内のお寺であった。客席にリクエストが求められたので、一番先に手を挙げて「25年目のおっぱい」を、お願いした■あの時から、実に40年以上ぶりに聞く肉声の歌だった。また違った意味で、感動を覚えた。当たり前のことだが、孫もいずれは、大人になり、いつの日か良き伴侶に出会い、妻となり母となるのだ。それは早くて10年、遅くて20年先だろうか。その時まで私は生きていたい、と思っている。そして、私がこの世にいなくなった後も、ずっとずっと幸せであれと願っている。

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徒然日記 Vol 383

小春日和の午後に

 梅の花も咲き誇り、桜も蕾が膨らみ始め、春はもうすぐ。梅の花を見ながら、地域のあいさつ回りをしている午後に、大学時代からの友人F氏とH氏から電話があった。横浜市内で待ち合わせて、横浜中華街で一次会、そして、今は二次会で飲んだくれてる、とのことだった■F氏は、神戸で発達障がい者の就労支援の事業所の社長だ。H氏は、神奈川で障がい者の施設の長を務めている。大学時代は、北海道の友人も含めて四人で、月に何回か深夜まで飲んだくれていたものだ■「オイ!よういち選挙がんばれよ。でも身体を壊すなよ」「4月7日の当選の報を待ってるぞ」と元気なエールをもらった。「こちとら、正月以降、毎日休みなく動いているのに、二人して昼間っから飲んだくれやがって・・・」と、羨ましくも、恨めしくもあり、横浜にすぐにでも飛んで行きたい気分になった■しかし、二人の期待を裏切るわけにはいかない。投票日まで一か月ちょっと。二人に、そして支援していただいている皆さんに「サクラサク」の知らせが届けられるようにと、また歩き始めた。

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