徒然日記 Vol 605

敗戦の日に

 本日、8月15日の終戦記念日に、家族で墓参りに行ってきた。車中で、中二になる孫のN美が「今度、修学旅行があるけど行きたくない」と言う。聞けば、皆と一緒にお風呂に入ったり、一緒の部屋に寝るのが嫌だと言う。もっともな理由か。そして、行き先が広島と京都で、広島は、平和学習で行くという◆N美は、「小学校の時も長崎に行って、平和が大事と勉強したのに、何で二回も行くんだろう?それに、私たちがいくら平和の大切さや戦争の怖さを勉強しても、戦争は亡くならないし、意味ないんじゃ?」と言う◆私は、一瞬、言葉を失う。それでも私は「平和の大切さをきちんと伝えていかないと、大変なことになるよ」と言うが、聴く耳を待たないN美だった。N美の主張はある意味正しい。時の権力者たちこそが、平和の大切さや、戦争の悲惨さを知るべきなのだ◆だからといって、私たち市民が国民が、平和の大切さを忘れてはいけないし、平和を求めることを諦めてはいけない。多くの人たちが、諦めた時に、この日本も戦争に巻き込まれるのだ。しかし、私の人生の1/4も生きていない孫が、「どうしようもない」と思ってしまう、この世界って、なんだろう?ため息の敗戦の日だ。

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徒然日記 Vol 604

友は逝く いずれ我が身ぞ 蝉しぐれ

 昨日、20年振りだろうか、造形作家のT君に会ってきた。終活ということで、奥さんの実家の倉庫にある、様々な造形作品の片付けのために、東京から、画家である奥さんと一緒に、一カ月ほど帰ってきている。奥さんとは、お二人の披露宴以来ということで、実に40年振りだ。片付けの最中に、披露宴に参加した人たちの寄せ書きが出てきたということで、見せてもらった。私や友人や恩師のN先生などの寄せ書きを読みながら、遠い昔のことを懐かしく思い出した◆二次会では、二人のために、自作の「金峰山の唄」を、ギターで歌ったとのこと。自分では、ほとんど記憶に残ってなく、今さらながら、人前で自作の唄を歌ったなんてと、恥ずかしく思った。彼の造形作品は、いずれも素晴らしい。どこかできちんと展示されることを願っているが、それが叶わなければ、廃棄することになるという。私からは、どこにも展示できない作品があるならば、「高森で預かってもいい」と伝えた◆最後は、グータッチで別れた。何故か、涙があふれた。その後、一昨年に亡くなった、K君のお母さんに会ってきた。ご主人が亡くなった葬式以来なので、実に20数年ぶりのことだ。小さくなってしまわれた98歳のお母さんに会うなり、涙が止まらなかった。K君は、一昨年の12月にコロナワクチンの接種の翌日に、自宅のソファーで独り、眠るように亡くなっていたそうだ◆コロナにかからないようにと受けた、ワクチン接種で亡くなるなんて、皮肉な話だ。本人も、親より先に逝くなんて、思ってもいなかったことだろう。お母さんに「K君の分まで、頑張って長生きしてください」と伝えて別れた。近くの公園では、蝉の鳴く声が。いずれは死ぬ身と知っていか知らずか、蝉たちは地上での一週間程を精一杯に生きている。私も、残された人生、悔いなく精一杯に生きたいものだ。

↓中学時代の恩師の寄せ書き    ↓T君と作品(一部)

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徒然日記 Vol 603

まだまだ生きてやる

 中学時代の同級生のT君が東京から、終活のために熊本に久しぶりに帰って来た。そして、明日会う約束をした。同級生で集まれないかと、幾人かに連絡した。ところが、K君の携帯が「現在、使われていません」と、繋がらない。早速、今日、西原村に住む兄貴さんを訪ねた。K君は?と聞くと、「一昨年の12月にワクチンの接種後にショック死した」との返事。もしかして、とは思ってはいたが、最悪の結果だった◆一年と8カ月も前に亡くなっていたとは、ショックで、言葉を無くしてしまった。彼とは、小学校、そして中学校でも同級で、50年以上の付き合いで、私たち夫婦の披露宴の司会もしてもらった仲だ。独身の頃は、よく一緒に酒を飲み、お互いの曲をギターで弾き、歌ったりしたものだ◆二年前だろうか、「いつか一緒に天草に釣りに行こうかね」と話をしたのが最後だ。兄貴さんは「バタバタしていて、誰にも知らせず、葬儀は家族ですませた。知らせることも無くてごめんね」と言われた。私がため息をつくと、兄貴さんは「人はいつか死ぬんだよ。仕方ないこと」と言われた。それにしても、コロナに感染しないようにと、打ったワクチンで死んでしまうなんて、皮肉なものだ◆確かに、人はいつか死ぬのだ。しかし、二年ほど連絡をしていなかったことに気づき、今さらながら後悔している。来年は、同級生の皆は70歳になる。歯が抜けるように、いずれは、みんな歳を重ねて、亡くなっていくのだ。僕も、あと何年生きられるのかはわからないが、生きている自分は、亡くなってしまった人の分まで、精一杯、まだまだ生きていくしかないのだ。

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徒然日記 Vol 602

猛暑日そしてコロナ感染は続く

 毎年、夏を迎えるたびに、その暑さにへこたれそうになる。年齢を重ねて体力は衰えていくのに、地球温暖化の影響で、年々、気温は上昇中だ。わが家のクーラーも、ほとんど休みなく動いている。今日もテレビでは「危険な暑さが続く。できるだけ外出は控えるように」と。コロナの感染拡大も止まらず、県内は4千人以上と、過去最高の感染者数だ。感染すれば重症化が懸念される高齢者は、自宅でじっとしているしかない。ある女性が「今年は、孫たちも帰って来ない。夫も入院したが、看病もできない。早くコロナが終息してほしい」と寂しそうに訴えられる。暑さとコロナに負けないように、じっと耐えるしかない我慢の夏。涼しい秋と共に、コロナの終息の訪れを待っている。

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徒然日記 Vol 601

また、頑張ろう 

 先々週の土曜日の午前中の2時間程度、労組の役員の二人の方と一緒に、あいさつ回りをした。その三日後に、その時に運転していた人がコロナに感染したことがわかった。ということで、私は濃厚接触者となってしまった◆翌日、市役所近くのPCR検査場に行き、検査をし、翌日の夜には陰性が判明した。そのまま、当たり前の生活を、とも思ったが、家族に感染させたくないので、用心のために全ての日程をキャンセルして、高森に行き、4日間過ごした◆高森は、市内に比べると気温が4~5℃低く、涼しく、朝方は寒いほどだった。おかげで、薪小屋を作り、散らかっていた薪や流木を片付け、伸び放題だった雑草を綺麗に刈り取ることができた。誰とも話すこともなく、自分で食事を作り、洗濯をし、物を作り、草を刈った4日間は、有意義で充実していた◆濃厚接触者になったおかげで、いつの日か夢見ている晴耕雨読の日を、束の間だけでも過ごすことができた。そして、高森から帰り、また、新たな日常が始まった。いつの日かを夢見て、また頑張らねば。

↓ 薪小屋

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徒然日記 Vol 600

銃と自由

 個人によるテロで、安倍元総理が手製の銃で殺された。何とも物騒な世の中だ。犯人は「母親が宗教にのめり込み、生活が苦しかった。その宗教団体と安倍元総理が関係があると思っての恨みからの犯行」とのこと。あまりにも乱暴な論理で、納得できない。社会的に孤立し、鬱積した不満なりが、他者への殺意と変わったのであろうか。いずれにしても、人を殺すために銃を作り、実行する人がいることは脅威だ◆アメリカでは、この数年、銃による無差別での殺人事件が多数発生している。年間の交通事故死よりも、銃で亡くなる人が多いというのだから、深刻な問題だ。相次ぐ銃による無差別テロを受けて、先日、28年振りに、銃の入手のための条件を厳しくするための法律が、制定された。しかし、銃を持つ権利を保障する法律が無くならない限り、抜本的な解決には至らないだろう◆20年以上前に、マイケル・ムーア監督の「ボウリング・フォー・コロンバイン」というドキュメンタリーを観た。コロンバイン高校銃乱射事件を扱った、市民や団体などのインタビュー形式の映画だ。そこには、アメリカの歴史として、インディアンとの闘いや、南北戦争や黒人迫害の歴史などにより、銃社会が形成されてきたこと。そして、身を守るための道具として、今でも当たり前に、誰もが銃を手に入れることができること、などが描かれている。また、カナダはアメリカよりも銃の所持率が高い中、銃による無差別殺人等の事件は、ほとんど起きていないことでの、アメリカとカナダの国民の銃に対する考えの違いも、検証されいる◆ドキュメンタリーでは、全米ライフル協会の当時の会長の、チャールトン・ヘストンが登場する。コロンバイン高校で13名の命が奪われた銃の乱射事件が起きた後すぐに、その街で協会の集会があり、銃の必要性を訴える、チャールトン・ヘストンの姿があった。多数の犠牲者があったばかりの街での、この行為は遺族の哀しみに唾を吐きかけるようなものだ。今でも協会は「銃を持った悪人から家族や自分の身を守るのは、銃を持った善人だ」「銃が人を殺すのではなく、人が人を殺すのだ」として、メーカーは様々な銃の販売促進に余念がない。豊かな国アメリカ。しかし、安全・安心が、そして自由が、銃でしか守れない国アメリカって、悲しい国の在りようだ。

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徒然日記 Vol 599

参院選最終日

 昨日、7月8日(金)奈良で遊説中の安倍元首相が、元自衛隊員の凶弾により、命を失った。憲法改正を求め、自衛隊の存在価値を高めようとしていた安倍元首相に銃を向けたのが、元自衛隊員とは、何とも皮肉な話だ。いずれにしても、暴力で言論を封殺する行為は、断じて許されるものではない。思想信条は違えども、志半ばで命を絶たれた安倍元首相の無念さを思えば、その蛮行に怒りを覚えてしまう◆この事件を受けて、昨日の午後からは、全国規模で参院選の街宣等の活動が休止された。しかし、今日9日は、活動が再開された。私も、熊本選挙区の野党統一候補の「出口しんたろう候補」の応援のために、お昼には、市内中心部の下通りでの街宣活動に参加した。その後は、私の地元に選挙カーが入るために、午後2時過ぎから3時過ぎまで、先導車に乗り、出口候補の街宣の前振りの挨拶もしてきた◆夜には、また、下通りで出口候補の、マイク納め式があり、参加予定だ。投票先を決めていない約4割の人たちが、投票所に足を運び「出口」と書いてくれれば、この国の政治は大きく変わるのだが、投票率は、きっと50%に届かないのだろう。明日の夜には結果が判明する。6年前、3年前の過去二回の参院選で、あべ広美候補で闘ってきた者としては、今回の出口候補の選挙は、3カ月程度の時間しかなく、知名度不足が否めず、当選の可能性は極めて低い、と言わざるを得ない◆しかし、野党統一候補として、どれだけの票を獲得できるのか注目したい。息子と同じ世代の出口しんたろう候補、まだまだたくさんの時間が残されている。今後もきちんと活動し、いつの日かは国会議員になり、この国の政治を変えてほしいと願っている。真っ黒に日焼けした顔で、声を枯らして演説し、走り回って支持を訴えて頑張ってきた出口しんたろう候補に、心からのエールを送りたい。

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徒然日記 Vol 598

なんだかな~

 先日、10年振りぐらいに、ある知人から電話があった。内容は、「今日は小1になる孫の誕生会で市内に来ている。ランドセルを抱えてみたら、5キロ以上もありビックリした。軽くするために頑張ってほしい」とのことだった。私からは、3月議会の一般質問で、小学生のランドセルや、中学生のカバンの重さの実態を知らせ、改善を求めたことを知らせた。しかし、あれから数カ月が過ぎても、一向に改善されないので、9月議会でまた質問することを伝えた◆そして、その数日後、今度はメールで、小学生の親御さんから相談があった。内容は「小学校高学年でスポーツクラブでバスケをしているが、この酷暑の中、毎日3時間以上の練習が続き、子どもが疲れ切っている。練習にあたってのガイドラインは無いのか?子どもは頑張っているが、熱中症等の事故が心配だ」とのことだった。早速メールで、3月議会で質問した、「小中学校の部活動の指針が守れず、子どもたちの負担となっていること、早急に改善に取り組むこと」等の内容を知らせた。小学校の部活動は、少しずつ地域スポーツに移行中で、現在22のクラブがある◆しかし、ほとんどが近年、部活動から移行した新しい組織であり、その運営については、教育委員会の管轄から離れて、地域の各クラブに任せてあるのが実態で、運営にあたってのガイドラインもないのが実態だ。ということで、スポーツクラブの運営について、市の担当課のスポーツ振興課長とやり取りをした。私からは、「部活動指針のようなガイドラインの必要性」を訴え、「過度な練習とならないように指導すること」などを申し入れ、9月議会の一般質問で取り上げるので、前向きに取り組んでもらうように、お願いした◆課長とのやり取りの内容も相談の親御さんに伝え、改善に向けて取り組むことを、お約束した。今回のお二人からの相談は、いずれも私が3月議会で質問し、要望した内容に関わる話だ。子どもたちが困っているのに、すぐに改善できない歯がゆさがあり、行政の在りように「なんだかな~」と思ってしまう。それでも、めげずに要望し続けて、改善を求めるしかない。いずれにしても、子どもたちに事故等が無いことを祈るばかりだ。

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徒然日記 Vol 597

よきかな~

 先日、「ただいま」と言って帰ると、高3になる孫が「おくされさま」と言う。アニメの「千と千尋の神隠し」に出てくる河の神様の「オクサレ様」にかけての言い様だ。私が臭いという意味もあってのことで少し腹を立てつつも、笑ってしまった。湯治にやって来たオクサレ様は、ヘドロにまみれ、鼻が曲がるほどの異臭を放つ。湯につかり、泥や川に捨てられた空き缶やペットボトルや自転車などの大量のゴミを洗い流し、綺麗になる。オクサレ様は、悪戦苦闘して綺麗にしてくれた千尋に、「よきかな~」と声をかける。千尋へのお礼と、綺麗になって良かった、という意味だろう。ということで、近頃は、孫たちの「おくされさま」に「よきかな」と応える私なのだ。

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徒然日記 Vol 596

木が気になる

 やがて、八年ほどになるだろうか?議会で、街路樹等の管理について、質問した。内容は、街路樹や低木の適正な管理に加えて、伐採や間引き等を要望した。木を切れという趣旨もあり、同僚議員からも「緑は守るべき」と疑問の声が上がった。それでも、問題点を指摘して執行部とやり取りをした◆当時の私の主張は、街路樹や低木により「見通しを悪くして事故に繋がっている」「台風などでの倒木や枝落ち等で危険」「イチョウなどの枯れ葉の清掃が大変」「樹木の成長により、道路が傷んでいる」「低木が歩道を狭くしている」等をあげた。対策としては、見通しを悪くしている樹木の伐採や、狭い間隔で植樹されている街路樹の間引きや、歩行者の妨げになる低木の撤去等を提案した◆しかし、地元のイチョウの木が二本伐採されたものの、市全体としては、その後もほとんど改善はされないままに過ぎた。そして、昨年になり、市として街路樹等の適正管理策として、伐採等の計画を市民に示した。しかし、地域の住民の方々の反対にあい、中断された。現在は、地元への丁寧な説明により、少しずつ計画が実行されている。そもそもは、数十年前の緑の倍増計画として、県市がともに街路樹等を、無計画に至る所に植えたことによるものだ。当時は、地域の方々の要望により、イチョウや楠やケヤキ等が植樹された◆ところが、今になって、大きき育ち、古木となり、倒木の危険もあり、管理費も増大し、伐採を始めたものだ。あれから八年、大きく成長した楠やイチョウが、短く伐採されたり、間引かれたりしている。植樹をする時に、将来を見据えて、街中に適した樹木を選び、適正な間隔で植樹し、適正に管理していれば、伐採も間引きも必要はなかっただろうに。八年前の私の提言がやっと実行されているものの、木が好きな木工職人としては、仕方がないと思いつつも、複雑な気持ちでいる昨今だ。

👇木に優しく人に厳しく

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