徒然日記 Vol 396

まぶしいほど青い空の真下で

    私の好きな歌に、ザ・ブルーハーツの「青空」という歌がある。好きなフレーズは「生まれた所や皮膚や目の色で一体この僕の何がわかるというのだろう?   運転手さんそのバスに僕も乗っけてくれないか  行き先ならどこでもいい   こんなはずじゃなかっただろう歴史が僕を問いつめる   まぶしいほど青い空の真下で」🔳この歌は、僕にとっての応援歌でもある。特に、今年は、選挙の年であり、忙しく過ごしたので、自分を元気づけるために、この歌を幾度も心の中で口ずさんだものだ。四月の僕の3期目に挑戦した市議選、そして、選対の副事務局長として取り組んだ、七月のあべ広美の参院選が終わった。いずれの選挙も、40%台の低い投票率だった。千回の辻立ちをやり遂げて、選挙を闘ったあべ広美さん。負けたものの、得票率は3%伸ばした。連合の推薦もなく、立憲民主党の協力も無い中、よく闘ったと評価したい🔳しかし、風が吹かなければ、野党がいくら共闘しても、自民党の候補には勝てないのが、この熊本の現実だ。民主党が政権を取った時の投票率が、67%台だったことを思えば、多くの人たちが、今の政治を諦めていることが、わかる🔳今回の私の選挙では、私が日頃から市政報告会を行なっている校区の投票率が、他の校区よりも高かった。しかし、近隣の校区で、北区の投票率を上回ったのは、地元の武蔵校区のみだった。これからも、きちんと議員としての活動の報告を行い、今の悪しき政治を変えるために、市民の方たちの政治への関心度を高めていかなければならない。私自身が、バスに乗って逃げ出さず、「こんなはずじゃなかっただろう」と後悔せず、歴史に問い詰められないように、するために。

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徒然日記 Vol 395

いつの日か・・・

 8月の上旬に二泊三日で、小5の孫N美と二人で天草にキャンプに行ってきた。五月の連休以来、久しぶりにゆっくりとした時間を過ごすことができた。といっても、孫の希望で、二日連続で海水浴に行き一緒に泳ぎ、楽しかったものの相当体力を消耗した。キャンプ場は、山中にあるものの、標高が低いために、夜中にならないと涼しくはならない◆それでも、夜中から朝方にかけては寒いほどだった。孫は、ちょうど10歳で、自我の目覚めか、最近は「死」について考えていて、先日は私の母と、最近亡くなった叔父のことなどの話をしていた。キャンプ初日の夜にも「人はなぜ死ぬのか」「死んだら、どうなるのか?」など色々と聞いてきた◆人はいつかは死ぬ、死後の世界はあるのかもしれない、死ぬことを恐れるのでなくて、どうやって生きるのかが大切、などと、分かりやすく話して聞かせた。しかし、ランプの光だけの暗いキャンプ場のこと、不安になったのか、とうとう、シクシクと泣き出す始末。寝るときは、手を繋いで寝たものの、翌朝には「もう帰ろうか?」などと言い始めた◆心配したものの、午後から海水浴に行き満足したのか、その後は元気に過ごした。夜は、食事のあとに、N美の発案で、テントから離れた芝生の場所にゴザを敷き、トランプをした。その後、寝ころんで夜空を眺めて過ごした。月明かりに照らされた雲が、とても綺麗だった。雲の隙間からいくつかの星が、輝いていた。N美に、宇宙の広大さや、その広大な宇宙の中にたくさんある星の中でも、多くの命が育まれる星としての地球が生まれたことは、奇跡に近いということ。そして、その奇跡の星の地球に僕たちは生まれてきたこと、などを話した。N美に、いつの日か、真の意味で、生きることの大切さや、命の尊さを知ってほしい、と願いつつ。

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徒然日記 Vol 394

スカートがめくれても・・

 先日、忙しい合間を縫って、床屋に行ってきた。私が30代のころから通う、30年以上のお付き合いの店だ。店長とは同じ年代でもあり、趣味も考え方も私に似ていて、毎回、いろんな話をして盛り上がる。先日は「最近の若者は」の話になり、気になる光景を二人で出し合った◆女子高生が通学時に、風でスカートがめくれても何ら恥じることなく走り去る、(ほとんどの女子高生は、スカートの下にスパッツを履いているから)話。飲み屋で若者が集まっていても、会話が少なく、皆が下を向きスマホをいじっている、話。電車内で年配の女性が、隣の女性のバッグの口が開いていたので「用心しないと」と、教えてあげたら、にらみつけられた、話。等々。二人で「なんて世の中になったんだろう」と嘆いたものだ◆「恥じらい」や「しとやかさ」という言葉は、死語になりつつあること。スマホの普及とともに、大人も含めて対話が少なくなり、人間関係が希薄化していること。人の善意に対して、感謝することもできずに、ウザイと思う若者がいるということ◆「今どきの若者は」と嘆くのは、私たちが年を取ったせいだろうか。私自身も若いころは、先輩や親せきの叔父さんなどに、いろいろと注意や助言を受けてきたものだ。その、甲斐あって、しっかりとした大人として?生きてこれた気がする。私たちは、世界の中でも、裕福で、安全・安心な国、日本に生まれ生きてきて、便利さを得たものの、何かしら大切なものを失ってしまったようでならない。そう思うのは、私だけだろうか?

 

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徒然日記 Vol 393

死にゆく者の覚悟と・・

 癌は、今や、二人に一人がかかる病だ。私の周りにも、多くの方が癌と闘っている。私の父は、60年前に血液の癌であるリンパ肉腫になり、34歳の若さで亡くなった。近所の先輩に、数年前に同じ病にかかった方がいらっしゃる☐ご本人からリンパ肉腫と聞いて、私は不治の病だから、助からないと思い込んでいた。しかし、治療も終わり、無事退院されて、今は、好きなゴルフも再開され、先日は市政報告会にも来ていただいた☐確かに、60年前に比べると、医療技術は格段に進み、当時、助からなかった病気も克服されつつある。それでも、人類は未だ癌をはじめ、すべての病を克服したわけではない。癌になり、死にゆく覚悟を決めて、精いっぱい生きてきた人の、いくつかの手記を読んだ。いずれも、覚悟を決めて力強く生きて 死んで行く、その姿と、その人を支える人たちの姿には、感動を覚えてしまう☐私自身が、癌の宣告を受けたときには、きっと、慌てふためき、覚悟を決められるのか、自信がない。その時には、周りの人たちに支えてもらわなければ、生きていられない(いずれは死んでいくのだけれども)。一番は、闘病生活の中で、髪の毛が抜け落ち、痩せこけてしまったとしても、優し過ぎたりすることも、突き放したりすることもなく、当たり前に淡々と接してくれればいい。支える側の人間も苦悩するのかもしれないが、当事者と同じように覚悟を決めて、支えてほしい。そう願っている。

 

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徒然日記 Vol 392

眠れない夜

 五月だというのに、この暑さは、なんとしょう。真夜中に、暑くて、目が覚めて、眠れない。というわけで、久しぶりのブログを書いている。五月の連休に数日休み、その後は、何やかやと忙しく動き回っている▪️私の手帳には、校区の自治会や、会派、そして、参院選熊本選挙区の予定候補「あべ広美」の選挙の取り組み等の日程が、毎日のように書き込まれている。この先、真っ白な日もあるが、いずれ何かしら入ってくる▪️忙しければ忙しいほどに、高森の景色が恋しくなる。しかし、6月は、議会もある。そして、議会が終われば、7月末の参院選に向けて、ますます忙しくなる。高森に行く暇なんて、きっと無い▪️三年前の参院選の時は、地震も重なり、我が人生で、一番忙しい日々を過ごしたものだ。当時を思えば「忙しい」とは言えないのかも?八月のある日、高森の木陰に吊るしたハンモックにくるまり、揺れながら、好きな音楽を聴き、ビール片手に、本を読む日を夢見て、がんばらねば。

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徒然日記 Vol 391

宮本武蔵の顕彰祭の日

 連休も終わった。毎日忙しい日々が続く。本日は、朝から、地元龍田の武蔵塚公園で宮本武蔵顕彰祭(374年祭)があり、来賓として参加してきた。市議になり今回で、9回目の参加。祭りの開催前に、宮本武蔵の眠るお墓の前で、神事としての、玉串奉天が行われた。毎年、主催者の代表、北区区長の後に私の番がやって来る。玉串を納めて、一人での二礼二拍手一礼は、いつものことだが緊張するものだ■昨年までは、来賓としての市議会議員の参加は、私と共産党の山部議員の二人だったが、今年は、地元の新人の自民党と公明党の議員を含めて三名。その他には、地元の龍田五校区の自治会長や役員、地域の皆さん方など200名以上の参加があった。神事の後には、奉納として、龍田小学校の金管バンド部の演奏、菊陽武蔵剣豪太鼓、武蔵継承の二天一流の演武などが、行なわれた。いずれも素晴らしい演奏と演武だった■夕方、ある方から電話があった。「顕彰祭で声をかければ良かったのですが、当選おめでとうございます」の言葉をいただいた。聞けば、先日の地方紙の読者の広場に、今日の顕彰祭が行われた武蔵塚公園での出来事を投稿した方だった。投稿内容は、「ある日公園を訪れて来られた外国の方に出会ったが、案内板に外国語の表記が無いので、片言の英語で案内をした。きちんと整備してほしい」というものだった■数日前に読んだ、気になった記事の作者の方からの思いがけない電話だった。数年前も一般質問の壇上で「宮本武蔵のゆかりの地としての熊本を、もっとアピールしてほしい」と要望したが、未だ具体化に至っていない。外国語表記の案内板設置も含めて、武蔵塚公園の整備や顕彰祭の拡充など要望し、剣豪宮本武蔵をもっと活用した観光施策を求めていきたい。

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徒然日記 Vol 390

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暮らしに届く政治を

 お正月以降、4月7日の私の選挙までの間、休んだのは3月のある日の夕方から翌日の昼までの半日だけ。そして、選挙後も、あいさつ回りや、会派の集まりや、地域の自治会関連の集まり等で、忙しく走り回ってきた。そして、連休中は令和の初日の今日まで、7月の参院選の候補者の、あべ広美さんの辻立ちに三日間お付き合いした■あべ広美さんは、三年前にも参院選熊本選挙区に、全国に先駆けて野党統一候補として立候補し、27万票近くを獲得したものの、自民党の候補者が44万票以上を獲得し惜敗した。当時、私は、あべ広美さんを支えるために結成された「熊本から民主主義を県民の会」(くまみん)の事務局長として汗をかいた。あれから三年。今回、あべ広美さんは、選挙までの間に、県内各地での1000回の辻立ち行動を目標として提起された。そして、今日の辻立ちで555回を越えた。連休中は、市内や郡部の公営住宅を中心に、多い時は20ヵ所近くで、毎回1015分程度マイクを手に思いを訴えている■私たちが手に持つ登り旗には、「暮らしに届く政治」と書いてある。団地なので、ほとんど反応は無いものの、あべ広美さんは、「きっと声は届いている」という思いで、めげることなく、きちんと政策等を訴えている。私も、議員なので解るのだが、全く反応が無い場所での辻立ちは、空気に話しかけているようで手ごたえ無く、やる気を失くしそうになるものだ。しかし、彼女の訴える力は、もちろん私以上。そして、あべ広美の訴える内容の根っこは同じだが、彼女は立つ場所により、様々な切り口で、話かけるようにわかりやすく話をする。その姿には、頭が下がり、感動してしまう■先の市議会議員選挙の投票率は、40%台だった。政治をあきらめた人、政治に無関心な人が増加している。そんな人たちに、あべ広美さんの訴えを、きちんと聞いてほしいものだ。国政を、あべ広美さんのようなきちんとした方に担っていただき、少しでも私たちの暮らしに届く政治に変えてもらいたいものだ。私は、明日から三日間だけ休むことにした。そして、7月末の参院選が終わるまで、また休みなく頑張らねばならない。あべ広美の当選のために、そして、今の悪しき政治を少しでも良くするために・・・。

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徒然日記 Vol 389

楽しかった?!選挙

 今回の選挙戦は9日間。マイク担当は、プロが一名で残りの二名は、毎日交代で組合の書記や嘱託の方たちが選挙カーに乗り込み、私を売り込んでくれた。慣れないマイク担当で、皆さん緊張しながら、たどたどしくも、心のこもった訴えは、道行く人や家の中の人たちの心にも響いたと思う。そんなマイク担当者の、いくつかの言い間違いをご紹介■私の名前の言い間違い「ふくなわふくなわ」や「ふくやまふくやま」だれじゃそれ?ハゲという言葉は使わないようにと、言っていたのに「福永候補ハゲしい選挙戦を皆さんのハゲましにより精いっぱい戦っています」。「子どもたちと、お年寄りに大人気の福永」。間の世代が、いないっ。「皆さんの声を市政に届けてください」。僕の仕事は?マイク担当が言い間違いをするたびに、私も突っ込みながら、笑ってしまったものだ■毎日、選挙カーに乗るたびに、今日はマイク担当がどんな言い間違いをするのかが楽しみの選挙でもあった。そんな話を、西県議候補の選挙カーのマイク担当のYさんに伝えると「私なんかもっとひどい言い間違いをしちゃいました」とのこと。聞けば、ホテル近くで「西聖一県議会議員候補は、子づくり支援にも取り組んでいます」と・・・。子育て支援を子づくり支援の言い間違い。極めつけの言い間違いだ。笑ってしまった■選挙カーからの、ありきたりの訴えでは、有権者の心には、その言葉は届かない。一番の訴えは、これまでの実績や自分の考える政策や、市政への思いなどではあるが、他の候補者との区別化を図るためには、少しは砕けた表現のフレーズもあってもいいのでは、などと思ったりもする。いずれにしても、ボロボロに疲れたものの楽しく選挙を闘うことができた。疲れを吹き飛ばす、笑えるたくさんの言い間違いをしてくれた、マイク担当の皆さんに感謝感謝。

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徒然日記 Vol 388

当選はしたけれど

 今回二回目となる五つの区で実施された区割り選挙の市議選。私の選挙区の北区は10名定数に12名の立候補。結果は、3776票を獲得し10名中5番目だった。地域や労組の方々の支持での3期目の当選だ。どれほど感謝しても、し尽くせない。前回が無投票で、成績表をもらわずに進級した気分で、なにか落ち着かない四年間だった。今回は、きちんと成績表をもらっての当選。嬉しい限りだが、心から喜べない■何故ならば、40㌫台という低い投票率に加えて、今回の選挙に向けて、会派の市民連合として9名から10名の増をめざしていたのに、現職の仲間二人が落選してしまい、結果は新人を含めて8名と人数を減らしてしまったからだ。ということで、自分自身の当選の万歳は両手を上げながらも、気持ちは片手の万歳だった■支持者の皆さんが帰った夜中の2時ごろに事務所から、落選した若手のOさんに電話した。「まだ若いのだから、めげずに四年後めざして頑張ろうよ」と伝えた。結婚をして、子どもが生まれたばかりなのに、若手の議員として、私より以上に素晴らしい質問や提言等を行ってきたのに・・・。市民の方々は、候補者の何を見て、その一票を投じるだろうか、わからなくなってしまう。今回の48名定数の市議選は、自民党は現職一名が落選したものの、新人含めて、その他の自公の候補者すべてが当選した■保守王国熊本の自公の組織力とその底力には驚くしかない。今後、野党で協力しての7月の参院選「あべ広美」の勝利をめざして取り組まなければならない身としては、相当の覚悟が必要だ。政治に無関心な、もしくは諦めてしまった、投票所に足を運ばなかった県民の心に響く政策を訴えるしかないのかもしれないが、その具体策が見えてこない。当選はしたけれど、次へのステップが踏めずに、スッキリしない気持ちで日々を過ごしている。

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徒然日記 Vol 387

みんなの絆で・・

 本日、4月7日の午前中に家族で投票所に行き、自分の名前を書いてきた。昨日までの九日間にわたる選挙。さすがに疲れた。毎日、車の中から、交差点などで、声を枯らして私の政策や思いを伝えてきた。そして、道行く、顔も知らない方が「あなたの議会便り、いつも読んどるバイ。応援するよ」「地震の時はお世話になりました。頑張って」「福祉の充実を望むから、あなたに投票するよ」など、多くの励ましをもらった■最終日の前日の金曜日は、マラソンで言えば、40キロ付近。さすがに疲れのピークで、交差点でマイクを持ち、テンションを上げ過ぎて、貧血気味になり、そのまま後ろに倒れそうになった。昨日、最終日の土曜日の午後からは、近隣校区を歩いて、最後の支持のお願いを訴えた。歩くこと延べ4時間、二万歩ほど歩いた。先輩の元市議の上村さんも、選挙カーに乗り、私への支持を訴えてくださった■92歳の後援会長の杢田さんは、毎日のように自転車で事務所に来て、来客対応や電話や葉書の宛名書きなどをしていただいた。慣れない選挙カーのマイク担当をしていただいた仲間の女性たち。プロのようには、上手く話せないにしても、心のこもった訴えの言葉は心に染みた。そして、陰になり支えてくれたスタッフの皆さん。感謝してもし尽くせない気持ちだ■多くの人たちに支えられていることを、改めて知らされた選挙だった。地域の絆で輝く未来。そして、みんなの絆で輝く未来を創っていかなければならない。結果は、今夜の23時以降か?いずれにしても、やり切った。結果は後からついて来るのだ。8年ぶりの選挙。支持していただいたみなさんの期待や、先輩や仲間たちの汗が無駄にならないように、いい成績で当選を果たしたい。

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